toranekodoranekoのブログ

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働き方改革法成立によせてー時間外上限規制の本質と留意点―

  働き方改革法が遂に成立しました。
高度プロフェッショナル制度に代表されるように、果たして、過労死・過労自殺について、政府与党が、また経済界がどれだけ真摯に考えているのか、過労死・過労自殺した方や、そのご遺族に顔向けができるのか。改めて問題提起しておきます。


ここでは、実務的な視点で二三申し上げておきます。


①時間外上限規制の本質:「国として死ぬような働き方は許さない」


 この制度の趣旨を一言で言えば、「国として死ぬような働き方は許さない」ということです。もはや労使の自治に任せることはできない、ということです。
単月で100時間、2~6ヶ月平均で80時間を超える時間外労働は、過労死のリスクを有意に高める、という趣旨です。この「国として死ぬような働き方は許さない。」というのは、東京大学の水町勇一郎先生がセミナーでおしゃっていた言葉です。新しい労働時間法制の本来の狙いを明確に示されたもので、とても印象に残っています。
 例えば、年度をまたげば複数月80時間規制を免れるのか、等といった姑息な抜け道を探るのはやめるべきです。
 セミナーの会場などで「変形労働制ならどうか」といったご質問もでるようです。法律の条文以前に、制度の本来の狙いを把握されておれば、このような質問は出なかったのでは?と思います。



②法令ぎりぎりの制度ではリスクが高い。
 実務家の目線でもう1点申し上げれば、本当に知りたいのは「万が一、考え違いや手違いで規制上限を超えてしまったら実際にはどうすればよいのか。」ということでしょう。
教科書的には「隠したりごまかしたりは絶対不可。素直に労働基準監督署に相談してその指示に従う。」ということとは思いますが、「素直に労基署に相談」というのは、なかなかハードルが高いものです。
 規制内容の複雑さから思い違い・勘違いは起こりうる事です。労働時間とは何かを十分把握できていない使用者・管理監督者・労働者も多いと思います(朝の早出、準備・手待ち時間、業務研修等々も労働時間に含まれる。)。
 その意味からも、36協定の定めを法規制ぎりぎりにするのは適切ではありません。ある程度の余裕を持った協定にしないと違法残業・刑事罰のリスクが生じうる、ということになるでしょう。
 その上で、規制を越えた、またはその疑いがある場合には、素直に労基署に相談する、その方が後になって違法残業と指摘されるよりはリスクが少ない、と考えておくべきかと思います。


③「ヤミ残業」(サービス残業)は、もってのほか
 ヤミ残業はもってのほかです。経営の基礎数字をごまかし不正の温床にも繋がりかねないのです。改めて全社的に周知徹底すべきでしょう。
「サービス残業」といった軽い言葉がいまだに横行することが、問題意識の乏しさをよく表しています。
2017年1月30日付日経新聞朝刊「私見・卓見」欄「ヤミ残業は不正の温床になる。」
記事全文は、こちらからもお読みいただけます。日経新聞への掲載「ヤミ残業は不正の温床になる。」


④過労死・過労自殺は会社を潰し経営者の身の破滅となる。
また、過労死・過労自殺が生じたときには、会社を潰し経営者の身の破滅にも繋がりかねないことをもう一度肝に銘ずるべきです。
過労死・過労自殺は会社を潰し、経営者の身の破滅となる。
紙芝居で考える「働き方改革」(過労死は会社を潰す。仕事と介護の両立)
(「紙芝居型動画」は私の仲間の弁護士・社労士が取り組んでいる情報発信プロジェクトです。難しいことをわかりやすく伝えるためにシナリオ・紙芝居形式を用いたものです。)


⑤姑息な逃げ道を探るものはいずれ淘汰される。
 一部の経営者が「高度プロフェッショナル制度」や「裁量労働拡大」にこだわるのは、時間外上限規制を逃れる道を探しているからでしょう。
「ヤミ残業」や「名ばかり管理監督者」が横行しているこの国で、このような制度を導入することがどんな危険をもたらすのか。
過労死・過労自殺の問題は、かつての公害問題を思い起こさせます。
自分の金もうけのために人の命や健康を害する事が許されるはずはないのです。
姑息な逃げ道を探る者はいずれ淘汰されることになるでしょう。


銅鑼猫


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