toranekodoranekoのブログ

クリスチャンブロガーが綴るブログです。
明るい高齢化社会、病から得た様々な宝、世の中の動きへの警鐘(銅鑼)を鳴らすこともあります。
ときどき大阪弁も出てくる聖書物語もお楽しみに。
主催者のほか様々な協力者も登場します。

君はピアザの魔法を知っているかい?

 皆さんこんにちは。アーニャです。本名明日香、花のJK(女子高生)です。
年金生活者のニックパーパチカと一緒にNPO法人 多言語広場(ピアザ)CELULAS(セルラス)で活動しています。
 私たちの普段の活動の場はピアザ(イタリア語で広場)という各地の集会です。週1度1時間半ほどの活動で、ロールプレイ、シャドーイング(CD を聴きながら自分も声を出して真似する、通訳さんがよくやる練習方法です)、プレゼンテーション、ゲーム等いろんなことをやっています。

 そのピアザの活動について、ニックパーパチカがしまいこんでいた文章を見つけました。整理の悪い人のお世話は本当に手間がかかりますが、こんな掘り出し物に巡り合えることもあるのです。
「『もし子供たちに語るとしたら』と思って書き始めたら、大人向けにもなりそうです。
但し、子供の心を失っていない大人、子供の心を一度取り戻したい大人限定です。」なんて言っていました。ちょっと不思議な文章ですが、お知らせします。


「君はピアザの魔法を知っているかい?」


 君はピアザの魔法を知っているかい?
わんぱく小僧、台風娘、泣き虫坊主、もじもじ娘、
そして、お客様気分で仕方なく参加のママ、
間違って紛れ込んだおじさん


「今日は何するの?」  ⇒☓
「今日はこれがしたい!」⇒〇


「同じ年代の人と楽しく、まったり過ごしたい。」⇒☓
「今日はどんな人と会えるかな。
学校・会社・ママ友ワールドから、この場では抜け出してみよう。」⇒△
「今日もまた、昨日と違うピアサを創ってみよう。違う自分を育ててみよう。  
違う仲間の姿を見つけてみよう。」⇒〇
「そして、一歩外のアウェイへ。さらに、大きな世界へ」⇒


 知らないうちに、誰とでも話し、笑い、喧嘩し、仲直りする。
言葉の壁、文化の違い、そんなささいなことにはこだわらない。
そんな人になるための、楽しくて厳しい道場。
それがピアザ。


ニック&アーニャ



そして堅く立ちなさい。

  パウロが書いたとされる「エペソ人への手紙」は、私たち一人一人の生き方振る舞い方について、具体的かつ真摯な指針を簡潔に示しています。


  そして、当時のローマ軍の兵士をイメージして、このように語っています。
「そして堅く立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には、正義の胸当てをつけ、足には平和の福音の備えをはきなさい。
これらすべての上に、信仰の盾を取りなさい。それによって悪いものが放つ火矢をすべて消すことができます。
救いのかぶとをかぶり、御霊の剣、すなわち神のことばを取りなさい。」

(新約聖書「エペソ人への手紙」第6章14~17節)(新改訳2017版)


このイメージを図解してみました。ヘタウマの絵ですが、ご愛嬌までに。


虎猫



私のダイエット法

  ダイエットなるものが世の中の重大事になっているというのは、いささか珍妙な感じがします。
健康な人なら、必要以上に栄養を取ったら太るのは当たり前です。
支出以上に収入があれば貯金がたまるだけのことです。結構なことではありませんか。


  病気にかかったら、食べられなくなり痩せることが多いでしょう。
悪性リンパ腫という病気では、食べても食べても体重が減っていきます。
恐怖に駆られてドカ食いしましたが、それでも減っていくのです。


  飢餓に苦しむ世の多くの人にも思いをはせましょう。食費の一部を差し出すことは、慈善や施しではなく、世界の未来のための投資です。


  食べ過ぎて太るのは、健康と財産に恵まれ、平和な世界に生きていることの証拠です。まずは感謝すべきでしょう。
そのうえで、ダイエットしたいなら、ただ、節制すればよいのです。
いただいた健康への感謝の気持ちを持つこと。これがダイエットの秘訣と思います。素晴らしい自動車をただでプレゼントされたら、大喜びで、注意深く運転し、一生懸命洗車し、大切にしようとするでしょう。
私たちの体は、そのように、神様からの大切なプレゼントです。「大事に使えよ。」といわれてお預かりしている大切な宝物なのです。


「何を食べようか何を飲もうかと、自分のいのちのことで心配したり、何を着ようかと。自分の体のことで心配したりするのはやめなさい。命は食べ物以上のもの。体は着るもの以上のものではありませんか。」
(新約聖書マタイの福音書第6章25節より: 新改訳2017版)


【注】2009年8月に東京カベナント教会ブログ「重荷をおろして」に投稿したものです。
ダイエット狂騒曲に翻弄される前に、今一度、私たちがどれだけ恵まれているのかをお考えいただきたいと思います。


虎猫



自分の心を治める真の勇士

【注】2013年8月にチャーグストラウス症候群の緊急入院からようやく退院したときに、東京カベナント教会ブログ「重荷をおろして」に投稿したものです。いま一度、あの暗い体験をかみしめたくて投稿しました。
 
野々村先生                                                   
                                  虎猫
主の御名を賛美いたします。
 私虎猫は、6月初めから急に入院いたしましたが、お陰様で、7月末に予定を早めて退院できました。
 外を出歩くことも自由、何でも食べることもできる、というだけで、毎日毎日、体力が少しずつ回復していることが実感できます。
 退院直後には、外出時に足元がふらつき、しょっちゅう転びそうになりました。
介護用品の店を見つけて、安全靴、ついでに杖まで買いました。
血色もよく髪の毛も黒々している男が杖を選んでいるのを見て、店員さん(年配の女性)がでてこられ「ご本人様がお使いになるのですか?」とびっくりされていました。
長さを自由に調節できる杖を選んだのですが、私はまだ手指のしびれが残って力が入りません。長さ調節のボタンを押すことができなかったのです。店員さんは私に杖を持たせてくださり、長さを私に合わせて調節してくださいました。
数日たつと、杖は、使うこともなくなり、いまや部屋の片隅に転がっています。


 ただ、私の精神状態で気になることがあります。
ちょっとしたことで、異様に怒りがこみあげてきて、人を怒鳴りつけることがしばしばあるのです。自分で抑えようとしても抑えられないのです。
 退院の翌日、大型家電販売店に行ったとき、携帯電話会社のキャンペーンをやっていました。男性がマイクを使って大音声で「本日最終日、本日最終日!」と連呼しているのです。場所はエスカレーター・ホール。建物いっぱいに響き渡る大声です。
私は、穏便に済ませようとして、家電販売店のサービス・カウンターにいた女性に声をかけました。「少しうるさすぎますね。」
女性店員も気になっていたらしく、すぐ電話キャンペーンの男性の方に近づき、やんわりと話しかけました。

 急に私の胸の中で、どす黒いものがこみあげてきました。女性の優しい声ではこの男たちは言うことを聴いてくれない、これではだめだ、という思いです。
そのときはもう口を開いていました。
「おい、いい加減にしろ!何考えているんだ、とっととやめろ!」
自分で自分の声にびっくりしました。どこからこんな声が出てくるのかと思うほどの大声でした。
そして「これはいけない。おそらく、体力の低下や薬の副作用などで、自分を抑制する力が失われている、このままでは、あちこちで人を怒鳴りつけたりして、とんでもない摩擦を引き起こす。」と思いました。おとなしくしていよう、怒鳴りそうになったら一呼吸置こうと思ったのです。


 ところがその翌日のこと。
私のマンションに大規模修繕工事が入る予定で、業者さんからの案内が掲示板に掲示され、また各戸にも案内が配られていました。
その案内の内容がよくわからなかったので、指定の照会先に電話を入れました。
ご担当の方の説明を聞いているうちに、またあのどす黒いものがこみあげてきました。
「洗濯物を干せるかどうかは住民にとって一番肝心の情報でしょう。日常生活の注意はちゃんと掲示する、という約束だったでしょう。そんな程度のことがどうしてできないのか。すぐやりなさい!」
 相手をやり込め、プライドを傷つけて、暗い喜びを味わう。あるいは、人を恐怖とパニックに陥れて、有無を言わせず言うことを聴かせることに達成感を覚える、とでもいうか。(幸い、怒鳴り声は標準語でやっていました。これをきつい大阪弁でやると、すごいことになってしまいます。)


 お恥かしいことですが、どのようにして自分を抑えることができるのか、どうふるまえばよいのか、アドバイスをいただきたいのです。
いまでもお元気で少年サッカーチームを率いておられる先生なら、きっと良いアドバイスをいただけるかと存じます。



虎猫様         
                                野々村勝也                                     
拝復
 ご退院おめでとうございます。
この暑さです。どうか無理をなさらず、ゆったりと養生を続けてください。
いただいたお手紙を拝見して、虎猫さんがご自身らしくない立ち居振る舞いを懸念されていることが、よくわかりました。一方では、冷静な虎猫さんらしい客観的な分析がされています。
 私がアドバイスというのはおこがましいのですが、一つだけ申し上げます。
いまの「どす黒い怒り」は、たとえば、ご年配の方が若い人をきつく叱りつけて摩擦を引き起こしている姿を彷彿とします。
神様は、病という試練を通して、虎猫さんに「世の中には自分の怒りをコントロールすることも難しい人もいる。よく理解しておくように。『どす黒い怒り』に苦しむ人もいることを忘れないように。」と教えておられるのでしょう。


 でも怒りはいつか鎮めなければなりません。怒りが解決できる問題は限定されています。無用の摩擦が別の問題を引き起こします。ニュースなどで年配の方が若い人を注意したところ、若い人に逆切れされて暴力を振るわれた、というのを目にします。
我慢のできなくなった年配の方の言動が、若い人をこれ以上もなく傷つけ粗暴なふるまいを引き起こしたのかもしれません。

 でも、よく振り返ってみてください。
 虎猫さんが怒鳴りつけたのは販売の方や業者さん、いわば弱い立場の方です。怒鳴られても叱られても耐えるしかない方々です。虎猫さんが多少粗暴なふるまいをしても、相手が攻撃してくるはずがない。そのように、無意識に計算したうえで「我慢しなくてよい、やってしまえ!」として、やってしまわれたのです。
冷静に振り返るなら、とても恥ずかしいことをなさったのです。


 このひとときの体験と試練は神の恵みです。
ここからどれだけのことを学びとり、自らを鍛えることができるのか。後になって振り返ってみれば、得難い体験であったと感謝できるときが来るでしょう。
どうか、勇士を超える真の勇士を目指してください。


「怒りをおそくする者は勇士にまさり、自分の霊を治める者は町を攻め取るものにまさる。」(旧約聖書箴言第16章第32節)(新改訳2017年版)


虎猫



チャーグ・ストラウス症候群―人生の金メダル

 皆さんは「チャーグ・ストラウス症候群」という病気についてお聞きになったことがあるでしょうか。ソチ・オリンピックのスキージャンプ団体の竹内選手がこの病気にかかっていたが、難病を押して見事銅メダルを獲得したので、ご存知の方も多いかもしれません。
 白血球の一種の好酸球というのが急に増えて、体中の細い血管に炎症を起こします。
我国で新たにかかる人は年間100人程度。宝くじ並みですね。
喘息、神経炎、筋肉・関節痛、腹痛などがあらわれ、場合によっては脳出血・脳梗塞や心筋梗塞など重い症状が出ることがあります。しびれなどの後遺症が残ることも多いとされます。
 私がこの病気にかかったのは2013年の6月。もともと喘息のため大学病院に通っていたのですが、主治医の先生から「血液検査の値がおかしい。精密検査を受けるように。」と言われました。検査の前日の夜、急に足腰の痛みで眠れなくなり、朝起きると両足に異様な発疹が広がっていました。
 病院に行くと「チャーグ・ストラウス症候群という病気に間違いありません。すぐ入院してください。」と言われ、自宅に帰ることも許されず、緊急入院することとなったのです。
そのとき思いました。
「あの原子力発電所の事故で『すぐ避難してください。』と言われた皆さんも、こんな気持ちだったのだろうか。でも、私はちゃんと手当していただける病院に行くのだ、家族が支えてくれる、治ればまた家族のもとに帰れる、きっと教会の皆さんも祈り支えてくださるに違いない。何よりも難病が早く発見されてよかったではないか。感謝しなければいけない。」


 幸い大きな症状が出ることもなく、2か月の入院で退院、2か月の自宅療養で職場にも復帰できました。
その退院直後のこと。入院で足腰は弱って歩くのもふらふらします。介護用品の店に行って杖を買いました。売り場の年配の女性が、こんな髪の毛ふさふさ血色の好い男が杖を買い求めるので「ご本人様がお使いになるのですか!?」とびっくりされていました。
杖をついて街を歩くと、杖を頼りにおぼつかない足取りであるくお年寄りたちの姿をたくさん見かけました。自分自身がそれに近い状態にあるだけに、今まで気にも留めなかったお年寄りたちの姿が次々と目に飛び込んできたのでしょう。
「ここにも階段がある、どうしよう、うまく歩いて行けるだろうか。」
駅では、必死にエレベーターやエスカレーターを探しました。エレベーターなど、駅の隅に、わざと隠してあるかのように見えにくい場所にあると気づきました。エレベーターの場所の表示もわかりにくいのです。
そのときに思ったのです。
「きっと神様は、私にひとときお年寄りになる体験をお命じになったのだ。その体験を通じて、何か得るところがあるようにというお計らいなのだ。」
そう考えるとなんだかとても気が楽になってきました。


 洗礼を受けてクリスチャンになったら、健康に恵まれ、お金にも不自由せず、家族仲良く仕事も順調になる?決してそんなことはありません。
宝くじには当たらなくても、宝くじ並みの思いがけない病気にもなるのです。ただ、そのときにこれは大きな恵みなのだ、きっと意味があるはずだ、と考えることができるようになります。


 自分の力でどうしようもないことに悩むのはやめましょう。大切な機会と感謝し、その意味を考え、明日の糧にしましょう。
オリンピックでメダルを取れる人は限られています。でも試練を大切な機会ととらえる人には、神様はいくらでも人生の金メダルをくださいます。
「さあ次は誰かな、早くおいで、メダルをあげるよ、遠慮はいらないよ。」と手招きされています。感謝していただきましょう。


「そればかりではなく、苦難さえも喜んでいます。それは、苦難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。この希望は失望に終わることはありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。」
(新約聖書ローマ人への手紙第5章第3節)(新改訳2017版)


【注】2014年5月に東京カベナント教会ブログ「重荷をおろして」に掲載していたものです。あの病の時を今一度思い起こして投稿しました。
聖書の新しい翻訳(新改訳2017版)が10月に発行されたので、聖書の引用も新しい版に従いました。


虎猫