toranekodoranekoのブログ

クリスチャンブロガーが綴るブログです。
明るい高齢化社会、病から得た様々な宝、世の中の動きへの警鐘(銅鑼)を鳴らすこともあります。
ときどき大阪弁も出てくる聖書物語もお楽しみに。
主催者のほか様々な協力者も登場します。

訓戒の力

入院していたときのことです。
お見舞いに来ていた小さなお兄ちゃんと妹さんらしい女の子が病室の廊下をバタバタと走っていました。
私は、お兄ちゃんの前で、さっと手を横に挙げてストップさせ、しゃがみこんでお兄ちゃんにそっと言いました。「ここは病院だよ。御病気の人も、おじいちゃんもおばあちゃんもいるんだよ。走らないようにしようね。」
お兄ちゃんは大きくうなづくと、走るのはやめてゆっくりと歩きはじめました。それを見ていた妹さんもお兄ちゃんのまねをして、歩き出しました。
こんなときに、いきなり雷を落とすのはやめるべきです。このお兄ちゃんたちはただ気がつかなかっただけなのです。
若い人のプライドを傷つけずに、うまく理解させるのが、年長者の腕の見せ所です。ちゃんと言えばわかってもらえるのです。
私たちの若いころよりも、最近の若い人のほうがよほど礼儀正しく、常識があり、素直だと思います。バスや電車で席を譲る若者の姿をしょっちゅうみます。
若い人が気付いていないことがあれば、ためらわずに、静かに諭してあげるべきだと思います。


もちろん、これは時と場合によります。
10数年前、電車の中で青年が急に奇声をあげて窓から身を乗り出しました。知的障害を持つ青年だったと思います。
周りの人は悲鳴を上げて離れました。
私が「君、やめなさい!」と青年にしがみついて窓から引き離しました。
祈りました。「神様、もしも私の息子がこのような危険なふるまいをすることがあったら、このように救ってくれる人を備えてください。」
自分に人を助ける機会があれば、それも緊急の時であれば、躊躇すべきではないと思います。


やわらかな応答は憤りを静め、傷つける言葉は怒りをあおる(旧約聖書箴言15章1節新共同訳)


【注】このブログは2010年1月に東京カベナント教会ブログ「重荷をおろして」に投稿していたものです。悪性リンパ腫で生まれて初めて入院し、退院後に書いたものです。
幸い再発のないまま10年経過しました。それを機に再投稿いたしました。