toranekodoranekoのブログ

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「脱時間給」(高度プロフェッショナル制度)の誤り (その1)過重労働の温床・経営者の責任放棄


  働き方改革実行計画(本文) の中で、高度プロフェッショナル制度(いわゆる脱時間給制度)にも言及されています。
2月13日の労働条件分科会から労働政策審議会への報告によると、次のように考えられているようです。
「時間ではなく成果で評価される働き方を希望する労働者のニーズに応え、その意欲や能
力を十分に発揮できるようにするため、一定の年収要件を満たし、職務の範囲が明確で高
度な職業能力を有する労働者を対象として、長時間労働を防止するための措置を講じつつ、時間外・休日労働協定の締結や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の適用を除外した労働時間制度の新たな選択肢として、特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)を設けることが適当である。」


 「脱時間給」といったネーミングもマスコミ報道の中で見られるようです。
このような考え方は基本的な間違いと思われます。
過重労働の温床になること、経営者の責任放棄に繋がること、労働生産性の向上をも阻害しかねないこと、等です。長文になるので、分けて投稿いたします。


1.「脱時間給」では過重労働は防げない。
   脱時間給制度につき、「時間でなく、成果で報酬を定めることで、本人の時間の使い方次第で労働時間短縮も生産性向上も図れる。」という主張がしばしば見られます(例:日経新聞4月21日社説「『脱時間給制度』の審議に逃げ腰になるな。」。)
果たしてこれで過労死・過労自殺が防げるのでしょうか。
   過労死・過労自殺した人は時間外手当を求めて過重労働に至ったのではありません。成果を厳しく追及され、追い詰められていったのです(注1)。「自由な働き方」と称して成果だけを強調し、労働時間管理を労働者の責任にすれば、過重労働激化は目に見えています。


2.「脱時間給」は使用者・経営者の責任放棄
   労働契約は使用者と労働者の間の人間的・継続的な契約であり、使用者には労働者に対する安全配慮義務・健康配慮義務があります(注2)。人を雇って事業を行う以上、雇っている人の生命・身体・健康を守るのは当然の義務です。自分の金もうけのために労働者の命と健康をないがしろにすることが許されるはずはないのです。だからこそ、働き方改革の中では刑事罰まで科して労働時間管理を厳格に行うことを求めているのです。
   また、そもそも生産性の向上・成果の達成は、使用者が創意工夫を凝らし様々な経営資源も用意し、労働者と協調して行っていくべき問題です。
   脱時間給に関する主張は、場合によっては、生産性向上も労働時間管理もすべて労働者に丸投げし、使用者が何もせずに成果だけを厳しく求めるような姿勢を容認するものと受け止められかねません。電通をはじめとした過労死・過労自殺はこのような使用者・経営者の無能と無責任の産物です。
   なお、この制度の検討の中では「健康管理時間」の盛り込みなども提案されていますが、事業場外労働(の時間)は自己申告制にするなど、様々な抜け道が用意されているようです。形ばかり「健康管理」のお題目を並べても、労働時間規制の対象外になれば、使用者・経営者が真摯に取り組むのか疑問です。


(注1)森岡孝二(2013)「過労死は何を告発しているか」の各種事例参照(岩波書店)
(注2)労働契約法第5条。水町勇一郎(2014)「労働法第5版」122頁、393~396頁等(有斐閣)


銅鑼猫

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