toranekodoranekoのブログ

クリスチャンブロガーが綴るブログです。
明るい高齢化社会、病から得た様々な宝、世の中の動きへの警鐘(銅鑼)を鳴らすこともあります。
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「脱時間給」(高度プロフェッショナル制度)の誤り  (その2)労働時間の厳格な管理こそが生産性向上をもたらす。。

前回に引き続き、脱時間給(高度プロフェッショナル制度)の問題を申し上げます。


3.「脱時間給」という呼称そのものが不適切
そもそも「脱時間給」という呼称自体が、誤解を生じかねません。制度の反対者が掲げる「残業代ゼロ法案」も同様です。「健康を守る」「過労死・過労自殺を防ぐ」、そのために労働時間管理をどう行うか、という本質的な目的が見失われています。制度の対象はいわゆる「正社員」と思われます。相応の地位につけば現在でも割増賃金支払いの対象から除外されており、そうでなくても現在の賃金の大部分は職業経験・能力、業績・成果、勤続年数、職務能力など様々な要素で定められています(注3)。「脱時間給」という言葉は、「現在の賃金決定の実態さえ無視した虚構のネーミング」というのは言い過ぎでしょうか(注4)。
なお、付言すれば「時間より成果」というスローガンも、いわゆる成果主義賃金が様々な問題を引き起こしてきたことを考えれば、適切な表現かどうか疑問です(注5)。


4.ヤミ残業(サービス残業)は経営判断を誤らせ、不正の温床にすらなりかねない。
これに関連して、ヤミ残業の問題を付言しておきます。私が1月30日日経新聞「私見卓見」欄「ヤミ残業は不正の温床になる」で申し上げたように、時間外勤務の数字は職場の人員配置、業務効率などの判断に欠かせない経営情報であり、虚偽報告は経営判断を誤らせます。さらにヤミ残業を許す風土は事実を正確に報告しない社風を生み、不正の温床にすらなりかねません。


5.労働生産性の向上には、労働時間管理が必須。
労働生産性は、投入労働量に対してどれだけの生産量が得られたか、端的には労働者が実際に労働した時間に対する生産量で示されます。
「脱時間給」と称して一定の労働者について労働時間管理自体を放棄する、いわんや、ヤミ残業が横行すれば、正確な労働生産性の測定はできなくなります。賃金の決め方は別として、労働時間の適切な測定・管理は生産性向上のための必須の経営情報です。
「脱時間給」を主張する方からは「成果が働いた時間に比例しない仕事が増えてきた。」という主張がされますが、単位労働量あたりの成果の向上を図ることは、どんな仕事でも必須のことです。
我国のホワイトカラーの仕事の問題は、属人的・非効率的な仕事の横行が大きな原因でしょう(その属人性・非効率性を「創造的な仕事」と称しているだけでしょう)。
「業務を徹底的に分析・整理し可能な限り標準化して生産性を向上させる」製造現場をはじめ様々な現場で徹底されたことをホワイトカラーの業務でも行っていくべきです。


6.まとめ
思うに、人を守り、社会を守る厳しい規制こそが事業を強くし、イノベーションを引き起こします。一例を言えば、厳しい排ガス・燃費規制を愚直に進めてきたことが、我国の自動車産業を強くしました。
労働時間の厳格な管理により、労働者の生命・身体・健康を守ること、女性や高齢者を含め多くの人々が働きやすい職場を作ることが、今回の働き方改革の基本的な考え方です。これが我国の経済成長の隘路から脱するきっかけとなるでしょう。
「働き方改革実行計画1.働く人の視点に立った働き方改革の意義(2)今後の取組の基本的考え方」では次のように述べられています
「長時間労働は、健康の確保だけでなく、仕事と家庭生活との両立を困難にし、少子化の原因や、女性のキャリア形成を阻む原因、男性の家庭参加を阻む原因になっている。
これに対し、長時間労働を是正すれば、ワーク・ライフ・バランスが改善し、女性や高齢者も仕事に就きやすくなり、労働参加率の向上に結びつく。経営者は、どのように働いてもらうかに関心を高め、単位時間(マンアワー)当たりの労働生産性向上につながる。」


(注3)働き方改革実現会議決定「働き方改革実行計画」別添1「同一労働同一賃金ガイドライン案」を参照
(注4)この項については以下を参考にしました。濱口桂一郎「労働時間法制-混迷の原因とあるべき法規制―」(水町勇一郎・連合総合開発研究所編(2010)「労働法改革」175~178頁等(日本経済新聞出版社))
(注5)成果主義賃金の問題については例えば、竹内裕(2008)「日本の賃金」61~76頁等を参照(筑摩書房)。「チームプレーにマイナス」「人材育成力の低下」「結果がすべてではない(結果主義はその場しのぎに陥りかねない)」「成果の評価が適切になされるか疑問(上司の評価への不信)」等が指摘されている。


                                  以上
銅鑼猫