toranekodoranekoのブログ

クリスチャンブロガーが綴るブログです。
明るい高齢化社会、病から得た様々な宝、世の中の動きへの警鐘(銅鑼)を鳴らすこともあります。
ときどき大阪弁も出てくる聖書物語もお楽しみに。
主催者のほか様々な協力者も登場します。

卑怯者の解散、無法者の解散、危険をもたらす解散

  遂に衆議院解散総選挙に突入しました。
これは、卑怯者の解散であり、無法者の解散です。我国に危険をもたらす解散でもあります。


1.卑怯者の解散
 安倍首相が解散を急いだのは、森友問題、加計問題等について、国会での厳しい追及必至と知りつつ、国会での議論の場を封じるためでしょう。都議選の大敗を受けて支持率が低下した中、野党のスキャンダル等に応じて、今が解散の好機と考えたのでしょう。
さらに、自民党公約の「自衛隊の明記」(憲法第9条に第3項を加える)は、安倍首相が提案したが与党内に異論が噴出し、安倍首相が事実上取り下げた問題であったはずです。
解散のために公約が必要になり、与党内での意見集約さえできていない問題を持ち出すのは、このまま突っ走って与党で過半数さらに3分の2を得れば、「第9条第3項追加が国民の支持を得た。」というつもりなのでしょうか。
野党の追及どころか与党内での意見集約も恐れているのでしょうか。


2.無法者の解散
 安倍首相は、憲法53条「衆参いずれかの4分の1以上の議員から臨時国会召集の要求があれば内閣はその召集を決定しなければならない」との規定に基づく野党の臨時国会の召集要求も無視しました。
「召集の時期は憲法に書かれていない。内閣の裁量だ。」というのは詭弁です。
内閣は、実務的に召集可能な最短の日程で国会を召集しなければならないはずです。そうでなければこの憲法の規定は、空文化します。「内閣の裁量」と称して臨時国会を召集しないのは、刑法上の職権乱用罪にも該当しうるのではないでしょうか。


 さらに、与野党に準備の暇を与えず、国民に判断の材料も十分示さないままに、「解散は首相の専権だ。」と称して解散を強行しました。
憲法の上では内閣の解散権を明示した規定はありません。現在では憲法第七条天皇の国事行為第3号「衆議院を解散すること」が内閣の助言と承認によることを根拠に、内閣に実質的な解散決定権が存する、という慣行が定着しているとされます。事実上、内閣総理大臣(首相)に解散決定権が存する、と考えられています。
 しかし、国会は国権の最高機関であり、唯一の立法機関です。国会議員は全国民を代表し、国民の選挙で選出されます(憲法41条、43条)。首相が無制限に解散権を持つことは、議員にとってはいつ失業するかわからない、という問題です。国会の議決で指名された首相が、自らを指名した国会(衆議院)を、勝手気ままに解散することが許されるはずはありません。 
 解散は国民に対して内閣の信を問う制度です。それにふさわしい理由が存在しなければなりません。憲法69条衆議院の内閣不信任決議の場合の他には、①内閣の重要案件(法律案、予算案)の否決、②政界再編成等で内閣の性格は基本的に変わった場合、③総選挙の争点でなかった新しい重大な政治的課題が発生した場合、④内閣の基本政策を根本的に変更する場合等に限られるべきでしょう (芦田信喜「憲法第6版」334~335頁、東京新聞政治部編「いま知りたい日本国憲法」24~26頁168~169頁等)。
要するにこの解散は憲法の明文規定もその根本精神をも蹂躙する、無法者の解散です。


3.危険をもたらす解散
 国連総会で安倍首相は北朝鮮の脅威について、厳しく的確な演説をして、国際社会に共同してこの脅威に立ち向かうことを主張しました。
<議長、同僚の皆さま、国際社会は北朝鮮に対し、1994年からの十有余年、最初は「枠組み合意」、次には「6カ国協議」によりながら、辛抱強く、対話の努力を続けたのであります。
しかし、われわれが思い知ったのは、対話が続いた間、北朝鮮は核、ミサイルの開発を諦めるつもりなど、まるで持ち合わせていなかったということであります。
対話とは、北朝鮮にとって、われわれを欺き、時間を稼ぐため、むしろ最良の手段だった。>


 その同じ人物が、自らのスキャンダルの追求を恐れ、憲法の明文規定を蹂躙し、ただ政局のために国会を解散したのです。
北朝鮮情勢が緊迫化しています。安全保障関連法制に基づく自衛権行使の是非を議論すべき状況になる現実的危険が生じています。その時期に自衛隊派遣を承認する国会を無機能化させるのは、我国に大きな危険をもたらします。
 国連での名演説という表舞台では華々しく活動しても、裏に回ればこの国を危険にさらすこともいとわない、そのような人物の姿が見えてきます。
国際社会はこの人物を信頼できるリーダーと見てくれるでしょうか。そのような人物を首相の座に就けている国と国民が、国際社会でどのように見られるのでしょうか。


 今は大切な選択の時です。国民こそがこの国の主権者です。
「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは、人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」(日本国憲法前文より)


銅鑼猫