toranekodoranekoのブログ

クリスチャンブロガーが綴るブログです。
明るい高齢化社会、病から得た様々な宝、世の中の動きへの警鐘(銅鑼)を鳴らすこともあります。
ときどき大阪弁も出てくる聖書物語もお楽しみに。
主催者のほか様々な協力者も登場します。

ゲラサの墓男(新約聖書マルコの福音書第5章より)

 私はゲラサ村の村長を務めている竹蔵と申します。
ユダヤの方々は、私たちが豚を飼って食べるので「ゲラサの豚食い」などと見下しておられますが、豚は丈夫で、どんな餌でも食べるので飼育は楽ですし、肉は滋養があり、とてもおいしいのです。
 私たちは豚を育てて平和に暮らしていたのですが、一つ問題がありました。
「ゲラサの墓男」という男のことです。
もとは、働き者の力持ちだったのに、あるとき悪霊に取り憑かれ、昼も夜も大声を出して暴れまわります。やむなく鎖につないで墓穴の中に入れたのですが、鎖をちぎっては暴れ出し、手が付けられません。食べるものがないと暴れ出して村に押し掛けてくるので、私が下男の松吉や梅助に命じ、豚肉とパンなどを届けて何とかなだめていたのです。


 あのユダヤの先生イエス様が、お弟子様たちと一緒にガリラヤ湖を渡って私たちの村に来られた時のあの騒動は、今でもありありと覚えています。
松吉が血相を変えてやってきました。
「村長様、村長様!大変です!」
「どうした、またあの墓男が暴れているのか。」
「それがいつもと様子が違います。ユダヤのイエスとかいう先生がやってきて、墓男と話しておられたところ、急に体をかきむしり、七転八倒の姿で・・」
私はあわてて墓場に行きました。悪霊に憑かれても同じ村人です。放って置けません。


 墓男は、イエス様の前でこんなふうにわめいていました。
「俺たちはレギオンだ、5千人の悪霊だ、どうかこの地から追い出さないでくれ。」
松吉も梅助もぶるぶると震えています。村長の私もぞっとしました。
「レギオン」といえば、ローマの軍団を指す言葉です。数千人の兵士を抱える大部隊です。悪霊は自らレギオンと名乗っています。一匹二匹の悪霊どもではなかったのです。


 ところが、イエス様は平然と墓男に向き合っています。
「どうしてほしいのか。」
墓男、いや墓男に取り憑いた悪霊レギオン達は大声を上げました。
「あそこの豚の群れ、あれに乗り移らせてくれ!」
村の豚飼い達が2千匹もの豚を山腹で飼っていたのです。
イエス様はうなずき「豚の群れに移れ!」とお命じになりました。
すると、悪霊たちは墓男からわさわさと出て、一斉に山腹の豚の群れに取り憑きました。豚たちはもがき苦しみ、山を駆け下り、崖から湖へと飛び込み、溺れ死んでしまいました。


 私たちは呆然と見守るだけでした。
ふと気が付くとあの墓男が、まるで夢から覚めたような顔で立ちすくんでいます。
着ていたものはボロボロに剥がれ落ち、ほとんど裸同然の姿です。
「松吉、梅助!着るものを持ってきてやれ、体を洗って着物を着せてやれ!」
私は下男たちに命じました。そして、墓男の体を洗って着物を着せてやりました。
その頃には豚飼いの男たちや村人たちが押し寄せてきました。
「村長様、豚が豚が・・」と豚飼いは泣きじゃくっています。村人たちも豚飼いたちから事情を聞いて、口々に叫んでいます。イエス様に石を投げようとしている者もいました。


 私はイエス様に駆け寄って言いました。
「イエス様、イエス様、私はこの村の村長です。
悪霊どもを追い出していただいて本当にありがとうございます。でも豚は村の大切な食糧です。豚を殺されたと思って、村の者たちが騒ぎ出しています。この場は私が何とかおさめますので、お引き取りいただけませんか。」
イエス様はうなずいてお弟子様たちにこの場を去ることを告げました。


 そうしてイエス様が船に乗り込もうとした時です。
「先生、お待ちください。どうか私もお供させてください!」
あの墓男が追いすがり、土下座してイエス様に懇願しました。
それを見て、私もイエス様の足元に走りよってひざまずきました。
「イエス様、私からもお願いします。こいつはたわけ者ですが、力持ちです。どうか先生の荷物担ぎとしてでも、ご一緒させてやってください。」
この村にいても、この男を受け入れてくれるところはないでしょう。イエス様のお伴に加えていただくのがこの男のためだ、と思ったのです。
でもイエス様はお許しになりませんでした。
「お前の家に、家族のもとに帰りなさい。主がお前にどんな大きなことをなさったか、どれほどお前を憐れんでくださったのかを、この地で伝えなさい。」


 私は墓男に言いました。
「私たちと一緒に帰ろう。先生のおっしゃるようにお前の体験を皆の衆に伝えて行こう。」
私は墓男に喜太郎という名前を与えました。東の国で、墓に住んで魔物を退治する鬼太郎という英雄がいると聞いていたので、それにちなんだ名前にしたのです。
 喜太郎は、この村だけでなく近隣の豚飼いの村々を回っては、力仕事や人の嫌がる仕事を喜んで引き受け、その間に自分の体験を人々に伝えていきました。
村人たちがお礼に豚を少しずつ分けてくれ、私たちの村の豚の数も回復していきました。


 いま私は思うのです。
墓男喜太郎は、私たちに代わって悪霊を一身に背負ってくれていたのだ。
イエス様の力で、悪霊から救われて、私たちの元に戻ってきてくれた。
いま、自らの苦しみと救いを近隣の村々に伝えてくれている。この男こそ、何よりも雄弁にイエス様の恵みを証するものなのだと。
だからイエス様は「お前の家、お前の家族のところに帰りなさい。」とおっしゃったのだと。


【注】このブログは2013年1月に東京カベナント教会ブログ「重荷をおろして」に掲載したものです。2012年11月14日田中秀亮神学生(現在は四国高松「八栗シオン教会」牧師)のメッセージ「救いから遠かった人」にヒントを得たものです。
 2017年10月8日東京カベナント教会にて、練馬バプテスト教会伝道師渋谷昌史先生から同じ聖書箇所についてメッセージをいただきました。田中先生とは違う切り口で、改めて聖書の奥深さを感じました。取り急ぎ2012年のブログを再掲いたしました。


虎猫


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