toranekodoranekoのブログ

クリスチャンブロガーが綴るブログです。
明るい高齢化社会、病から得た様々な宝、世の中の動きへの警鐘(銅鑼)を鳴らすこともあります。
ときどき大阪弁も出てくる聖書物語もお楽しみに。
主催者のほか様々な協力者も登場します。

アメリカ高校留学で掴んだもの

耕平君(こうちゃん:仮名)は、NPO法人多言語広場(ピアザ)CELULAS(セルラス)の横浜の仲間です。
米国の公立高校に2016年8月から2017年6月まで留学しました。小学校の頃からの夢だったそうです。アメリカで何に挑み、何に出会い、何を掴んだのか。帰国後の7月に体験報告会で語ってくれました。
以下の記録はニックとして特に印象深かった箇所を中心に纏めたものです。録音録画から逐語的に書き起こしたものではありません。読み言葉としてのわかりやすさを考えて小見出しや配列なども工夫しています。


(はじめ英語で話し始めたが、日本語でないと伝えきれないとして日本語に切り替え)
7点ほどお話したい。(実際には10点になった)


1. なぜ留学したいと思ったか。自己変革したかった。留学生と出会ってその輝く姿を見て鼓舞された。

2. 覚悟は?必ずできるようになって帰りたい。そう覚悟を決めていたが、初めの3ヶ月間は辛かった。

3. 学校の初日。誰からも相手にされず、遅刻してもその理由を話せなかった。実際にはロッカーの使い方がわからず時間を取ってしまったのだ。
アメリカ人はクールで、付き合う理由・必要がない人とはかかわろうとしない。ロッカーの開け方がわからなかったため、荷物を持って教室を移動した。学校が嫌になってしまった。2日目からは「いつか変わらなければいけない。アタックだ!」覚悟を決めた。日本に興味ある子に話し掛けて孤独感が癒されていった。

4. 違う環境で生きること。大切なのは適応能力。ともかく YESともかく挑戦、嫌いなナスでも好きなふりをして一生懸命食べた。日本のゲームのことを聞かれたので自分はよく知らなかったが、嘘ついてでも「俺も好き好き!」と言って会話を続けた。自分は特別な人間になりたいと思ってはいたが、自分が別段特別な人間でないことはわかった。それでは、特別な人間になること有名になることは諦めたのか。そうではない。「有名になります!」と周囲に宣言した。

5. 「0と1」:スペイン語の授業で自己紹介することがあった。少しだけでもスペイン語を知っていると、反応が全く違う。日本人はみんなスペイン語ができるのか、と驚かれた。また、キルギスタンから来た生徒にロシア語で話し掛けて大喜びされた。ここでも「日本人はみんなロシア語ができるのか。」と尋ねられた。ほんの少し知っているだけで、0と1の違いだ。全く違うのだ。

6. 何を後輩たちに伝えたいか。人前で話す機会に慣れること。プレゼンテーションやディベートなど話すべきときがいっぱいある。どんどんしゃべること。心地良い環境から厳しい環境へ自ら出て行って欲しい。心地よい環境から出ることで今まで見えなかった景色が見えてくる。失敗はさんざんした。初めのプレゼンでは、「日本語に聞こえるよ」と言われた。しかし、最後にはベストスピーカーに選ばれた。

7. 人に対する見方。見かけで判断しないで欲しい。自分がいたのはテキサスだ。人種差別もはっきりある。それでも、どんな人とでも仲良くしようと決めた。それでも失敗があった。フロリダでイタリアから来た女子の留学生と一緒になった。バスの中にレズビアンのカップルがいた。自分は何か差別的なことを冗談ぽく言ったみたいだ。その女の子もその時は別に何も言わなかった。だが、後でその女の子から「耕平に伝えたいことがある。」と言われた。「ひょっとして告白!?」と甘い期待を持っていたら、「私はバイセクシュアルなの。」バスの中の自分の言動をそのようにしてたしなめられた。セクシュアルマイノリティー、人種、様々な違いがあってもそれは、自分がなりたくてなったことではない。どのような違いがあろうとも、お互いに同じ1人の人間として向き合うべきものだ。(ニック注:この箇所を記録していて涙がにじんできました。電通の調査では、LGBT(セクシャルマイノリティ)は人口の10%を実際には超えているのだそうです。そんなことも思い出しました。)

8. 英語力。誰かが「3ヶ月でしゃべれるようになる。」と言っていたので本気にしていた。1月目:こんなもんだろ。2月目:やばい。3月目:おかしい。4月目:全然変わっていない。5月目:本当にやばいかもしれない。6ヶ月目:何とか言いたいことを言えるようになった。はじめ何か通ずるような気がしていたが、実際には相手が合わせてくれていただけだったのだ。後輩たちに同じ思いをして欲しくない。学校には様々な国から留学生が来ていたが、みんな英語をしゃべれる。しゃべれないのは日本人だけ。留学するならもっと上のレベルからスタートできるようにしていって欲しい。

9. 日米の常識の違い。日本ではともかく、現地ではトランプのサポーターが多かった。政治への関心が高い。自分の国のことなのだ。みんな自分の意見を言い合っている。日本の若者もこれからこの国を自分が担うのだ、という意識を持って欲しい。謙遜の美徳というが、要するに自分の意見を言えないだけではないのか。

10. 最後に。夢というのは叶うもの・実現できるものでないといけないのか。そうではない。大人の皆さんに訴えたい。自分ができなかったからといって子供たちの夢を諦めさせないで欲しい。「やめておけ。どうせできはしない。」自分ができなかっただけではないか。やりもせずに難しい、できないと決め付けているだけ。自分が決めつけるのは勝手だ。しかしその決め付けを若い人に押し付けないで欲しい。子供から大きな夢を奪わないでほしい。いい大学が何なのか。なぜやりたいことをやらしてくれないのか。新しいことにトライしてはいけないのか。スティーブ・ジョブスはリード大学を中退して自分の夢を実現した。
自分の祖母のことを話したい。とても元気だったのに急になくなった。人生はいきなり奪われることがある。できるとき自分がやりたいことをやってみませんか。諦め方をはじめから知っている人はいない。人間は諦めるために生まれたのではない。人を傷つけるために生まれたのでもない。まず自分を愛し他人に素直になり、人を愛し、人を救い、守るために生まれたのだ。
なお、もう一言。素直に語ること、ストレートに言うことは大切。でも、ともすると相手を傷つけるひどいひと事になることがある。言う前に考えてみるべきだ。その言葉がどれだけ人を傷つけるのか、を。



【質疑応答】(抜粋)
Q.留学は自分が想像していたものと違ったか。
A.全然違っていた。「ニコニコ仲良くなっていく。世界が広がる。」そんなふうに考えていたが、とんでもない。差別はあった。それでも楽しかった。行ってよかったと思う。

Q.セルラスの学び方の改善点がないか。
A.学校よりもセルラスの学び方の方がストレート。絶対に良いと思う。但し、活動の時間が限られている(セルラスの活動は、各地のピアザ(イタリア語で広場:地域の会員の集い)での毎週1回1時間半の活動が原則)。ピアザの中で本当に多言語を学ぶ時間をもっとまとめて取れないか。

Q.野球部のチームメートとの友情
A.本当に優しかった。よくしてくれた。但し、アメリカ人は自分にメリットがないと思えばつき合ってくれない。チームメートが優しくしてくれたのは自分が一軍の貴重な戦力だったことが大きかったと思う。自分の年齢で一軍は2人だけ。留学の最後にフロリダに行く機会を受け入れ先が作ってくれたが、ちょうどチームの最後の大切な試合とぶつかった。試合を断ってフロリダに行こうと思ったが、監督は、こちらが話しかけようとする前にWe need you!  フロリダを短縮して最後の試合に臨んだ。

Q.これから留学するとしたらどんな準備をしておけばよかったと思うか。
A.英語はどうせ苦労する。それよりも日本の文化・歴史をしっかり勉強していってほしい。日本人として知っておくべきこと、できれば英語で説明ができる準備。
                                     以上


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