toranekodoranekoのブログ

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「ヒューマンエラーと安全マネジメント~しなやかな現場力を創るには~」

 2017年7月5日東京労働局主催第14回東京産業安全衛生大会において、立教大学現代心理学部教授芳賀繁先生の表記講演がありました。社会保険労務士として、労働災害防止、緊急事対応、危機管理等の基本として是非知っておくべき内容と考えられます。人事労務管理全般にも貴重なヒントになります。講演の概要をご紹介します。但し、公式記録ではありませんし、録音・録画からの逐語的記録でもないことは、予めご了承ください。


1.エラーマネジメントの変遷
 エラーマネジメントは、「個人への注意喚起」「システムへのアプローチ(人間が間違いにくいシステム)」「組織へのアプローチ(安全文化、組織風土等の組織的要因見直し)」と進んできました。
これがともすると、ルール厳格化など「人間のパフォーマンスのばらつきを最小にする」ことにフォーカスする対策に繋がりました。画一的作業方法を現場に押しつけ、マニュアルに従うだけで自分の頭で考えない社員、デスクワークだけで現場を知らない管理者を生んできたのです。
我国の現場は、元々しなやかさを持っていました。一人一人が創意工夫を凝らし、自分にできることは積極的にしてきたのです。そのようなしなやかさが失われてきています。


2.レジリエンス・エンジニアリング(柔軟なやり方、失敗をとがめるより成功を増やそう)
①臨機応変・しなやかさには両側面がある。
 実際の現場では、マニュアルにない工夫が臨機応変に行われ、成果を上げています。もちろん、臨機応変にはリスクがあり、成功・失敗いずれにも繋がる可能性があります。だが、成功事例はあまり報告されません。稀な失敗事例だけが大げさに取り上げられてきたのです。安全文化、企業理念、行動規範、安全態度が確立していれば、もっと現場に任せることができる、と思われます。


②「安全文化」―「公正な文化」「柔軟な文化」等
 「安全文化」とは「組織の構成員が安全の重要性を認識し、不安全行動への感受性、事故予防への前向きな姿勢を持つこと」です。その特徴の一部を紹介します。
 「公正な文化」:例えば、航空機事故を防ぐため悪天候なら出発を送らせる、というのが現場の知恵です。「定時出発率」ばかり強調すると無理な出発に繋がります。「起きた失敗を後知恵で処罰しない。」「形式的な法令マニュアル遵守だけで裁かない。」「実務者が納得する賞罰がある。」といった「公正さ」が求められます。
 「柔軟な文化」:変化する要求に効率的に適応することです。信頼度の高い組織なら、平時は中央集権的でも、必要に応じ「権力分散型管理」に切り替えられるはずです。組織の中で共有された価値観がその成否を決めます。東日本大震災時に様々な好例が見られました。既存システムと外乱の間には隙間ができます。その隙間を人間の柔軟な判断が埋めたのです。
例1)石巻赤十字病院:救急搬送多発を予測し通常の外来診療を打ち切り搬送受入れに  注力。避難所に出向き衛生管理を指導。「医療の原点は健康を守ること。」という信念。
例2)JR「命運分けた列車の停車位置」:乗客のワンセグ情報で、運転手が「今の場所の方がマニュアル指定の避難所より高台だから安全」と判断、その場で停車。指定の避難所は震災で流された。
例3)宅急便ドライバーの心意気:本社指示を待たず、そもそも本社と連絡も取れない中、率先して救援物資仕分け搬送を実施、不慣れな自治体職員をサポート。
例4)海上保安庁ヘリコプター:本部の指示なく現場隊員の判断で救助活動に従事。「私たちの使命は国民の生命と財産を守ること。これを全隊員が熟知し、躊躇なく行動した。」価値観が共有されていれば、命令が途切れても現場は正しく行動できる。
(玉上注)事例詳細はインターネット検索等で把握できます。


③レジリエンス・エンジニアリングの考え方
 これまでは「システムは基本的に安全。人間が安全を脅かす元凶。ヒューマンエラーの分析に基づく厳密な作業手順の確立・遵守が事故防止に有効」と考えられてきました。
 レジリエンスの考え方は真逆です。「人間が元凶」という考えを捨てよう、システムにも危険がある、人間と組織の柔軟性こそ危険なシステムを安全に機能させる、という考え方です。この実践には、失敗事例よりも成功事例を考えるべきです。現場の人間が作業手順を調整し外乱や変動に対処しています。一例は高速道路の事故対応です。過酷な条件の中で現場リーダーが状況を判断し適切に対処しています。ルール・マニュアルに従うだけでは作業員の安全は守れません。
(玉上注)一般社団法人レジリエンス協会の「レジリエンス」の説明(抜粋)
 災害やテロなど想定外の事態で社会システムや事業の一部機能が停止しても、全体の機能を速やかに回復できるしなやかな強靱さを表す言葉。防災や事業継続計画(BCP)のみならず、国家戦略・事業戦略に組み込んで競争力強化を図ることができる。「国土強靱化」もレジリエンスの意訳と考えられる。


④「失敗・インシデントから学ぶ」ことの落とし穴
 リスク管理者には通常は失敗事例しか報告されません。このため、一つの失敗の再発防止のために多くの成功事例の芽を摘む可能性が出てきます。しかし、成功の多くは現場の工夫と努力の賜物です。
例)看護師が1人で2人の患者を搬送。手術で患者取り違え事故が発生。
 「1人で1人の患者さんを運ぶことの徹底」が正しい対策と見えるが、これを厳守すると病棟戦力が減少、却ってリスクが増す(夜間など当直が少ないときに、看護師が2人同時離席すると急患発生に対応困難となる等)。看護師が1人で2人の患者を運ぶ必要があったのではないか、患者取り違え防止策は別途考えるべき、など多面的検討が必要。



3.しなやかな現場力を支える仕事への誇り
要約すれば次の通り。
 仕事への誇りを持ち、自分の頭で考えて意見をはっきり述べる。
 権威主義、セクショナリズム、結果責任処罰は現場力を低下させる。
 ヒューマンエラー撲滅ばかりに注意を向けると、マニュアル主義、厳罰主義に陥り、柔軟な現場力を失わせ、結果的に事故リスクが増大する。
 現場の作業自体の理解に基づく安全マネジメントが不可欠。
そのためには
 第1線社員はマニュアル遵守のみでなく、安全のため必要と考えればマニュアルになくても自発的に行動する。
 こうして、第1線社員・組織が上部の指示がなくても安全を確保しつつ組織の社会的使命を果たすための判断・行動ができるようになる。



4.私見―小田急電車延焼事故はなぜ生じたか。現場力を取り戻すために―
 最後に私見を申し上げます。
 最近の小田急電車延焼事故は、マニュアルに従い指令所の指示を待つ間に生じました。一歩誤れば大惨事だったのです。「現場で危険を察知したら、運転手はそれに応じて行動する。」という安全確保の基本原則を忘れていたのです。
ルール・マニュアルは想定された事態に速やかに行動できるよう、予め対応の仕方を定めたものです。想定外の事態、緊急時には役に立たないことがあります。逆に緊急時に現場の判断で人命が救われた事件は、多々あります。小田急がルール・マニュアルを見直すなら「緊急時には現場の判断で乗客・乗員の安全確保を第一に考え行動する。指令所の指示を待ってはならない。」という大原則をこそ掲げるべきです。


【参考】
この講演については、芳賀先生のご了解を得て月刊社労士(全国社会保険労務士会連合会機関誌)に、記事を掲載させていただいています。(2020年3月4日追記)


銅鑼猫

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