toranekodoranekoのブログ

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ドヴォルザークの世界―ある指揮者の思い出

2009年9月12日(土)午後2時
東京芸術劇場大ホール「宇宿允人(うすき まさと)の世界」


朝方の土砂降りの雨が上がり、霧雨のような雨が池袋を湿らせている中、息子と一緒に、芸術劇場に向かいました。


ドヴォルザークの交響曲第8番


冒頭のチェロと木管の響きを聞いたときに、ふと、外の景色に思いを寄せました。あの雨の池袋が、ボヘミアの緑なす大地となり、ビル群はトトロの木のようなうっそうと茂る巨木に変わっていく、そんな風景を思い浮かべました。
この第1楽章だけでも、今日ここに来た甲斐があった、これが終わったら拍手して帰りたい、そんな気持ちをようやく押さえました。
第2楽章の移ろいゆく景色を楽しんでいると、こんなに短い曲だったのだろうか、といういぶかしい感じがしてきました。
第3楽章の舞踊もそうでした。中間部の歌謡がおわり、冒頭の主題が再現されたときに、涙があふれてきました。
そして、第4楽章、あの3本のトランペットが吹きならす決然とした響き。
「いくぞ、皆の衆!」
鬨(とき)の声をあげて、全オーケストラが一丸となって突き進む、白く熱くステージが燃え上がっていました。
これを路上ライブでやったら、子供たちは、いや大人たちも大喜びで踊り狂うでしょう。


休息の時に窓から池袋の街を見ました。ボヘミアの緑の中に、ビルの格好をしたトトロの大木がそびえ、バスの格好をしたボヘミアの馬車が走っていました。


交響曲第9番「新世界より」
第1楽章 弦の望郷の響きの後、突然のホルンの吹鳴、我に返り、新しい世界への一歩を踏み出します。これも8番と同様で、この楽章だけ聞いたら、もう満足、と思ってしまいました。
でも、第2楽章で、金管とティンパニの巨大な新大陸の響きを前触れに、あのイングリッシュ・ホルンのひなびた歌が始まると、やっぱり最後まで聞くものだ、と今更ながら思いました。オーボエとフルートの副旋律が、一人ひとりの心のふるさとを思い起こしてくれます。


第3楽章 インディアンの踊りとボヘミアの踊りが交錯し、ひとつとなっていきます。新世界とボヘミアがひとつになっていきます。可憐なトライアングルが花を添えます。


第4楽章 そして、一つ一つの楽章の回想をはさみながら、望郷と希望のひと時が幕を閉じます。


アンコール スラブ舞曲集第2集より
ゴミ箱の中まで美しいメロディーであふれていたドヴォルザーク。この曲を聴けば、納得せざるをえません。
会場を後にして外に出れば、ボヘミアの野は、さらにみずみずしく輝いていました。


指揮者宇宿允人先生は、1982年から186回に及ぶ独自の演奏活動を続けてこられた方です。公的な援助は一切なく、演奏会のつどに先生の活動に賛同する奏者やボランティアが集まりました。若い奏者たちに3~4日の猛練習で音楽の心を伝え、ステージで燃え立たせました。
ひととき、私と息子もボランティアで参加させていただいていました。自らステージを組み、奏者一人一人の椅子を自分で位置決めされていた姿を思い出します。


先生は2011年3月5日、76歳で逝去されました。
この一文を、先生に捧げます。


【参考】
2011年7月に東京カベナント教会ブログ「重荷をおろして」に投稿していた記事です。改めて投稿いたします。


ウィキペディアの記事も参考までに。
宇宿允人


虎猫

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