「ガザの洗礼」のその後(エチオピアに福音が伝わっていく・・・)
4月23日:
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「ガザの洗礼」のその後(エチオピアに福音が伝わっていく・・・)
あのガザで洗礼を受けた宦官が、エチオピアに戻り女王陛下に自らの体験を語ります。
そしてこれが、エチオピアにキリスト教が広く伝わるきっかけとなったのです。
「ガザの洗礼」の後日譚です。
【女王陛下が私に語られ、命じられたこと】
「エルサレム訪問、大儀であった。何か良き土産などあるか。」
玉座の上から女王陛下が私を見下ろし、穏やかな声でお尋ねになりました。
私は静かに頭を垂れ、言葉を選びながら答えました。
「女王様。わたくしの体験をお語りしたく存じます。」
陛下は少し眉を上げられ、玉座の脇にいる侍従たちに退出を命じられました。
広間には私と陛下だけが残りました。
「語るがよい。」
私は深く息を吸い、エルサレムの道のほこり、イザヤ書の巻物、ガザの乾いた風、そして、あの静かな水辺での出来事を、ひとつひとつ言葉に乗せて語りました。
自らの口を開かず、すべての罪を背負って十字架に向かわれたイエス様。
その方を指し示していた聖典の言葉。
そして、導かれるように出会った一人の旅人、ピリポ様。
水辺での洗礼の瞬間を語りながら、私は思わず胸に手を当てていました。
「主は、わたくしのような者にも道を開いてくださいました。子を持つことも許されぬ、宦官の身であっても、です。」
女王陛下は長く沈黙なさり、やがて静かにおっしゃいました。
「我が財を預かる者よ。そなたは、この国のために、これまでも忠実に仕えてくれた。だが今、そなたの言葉には、それ以上の力がある。」
陛下は玉座からお立ちになり、窓辺へと歩まれました。
「そなたが語るその方の教え──争いのない国、互いに罪を赦しあい、真実を以て仕えあう国。それは、わらわが思い描いてきた理想の国にほかならぬ。」
ゆっくりと振り返った女王は、毅然とした声で続けました。
「そなたが学び、心に灯したその教え、エチオピアの民にも広く伝えるがよい。神の御心ならば、この国をも、その御手が覆ってくださるであろう。」
私はひざまずき、深く頭を垂れました。涙が頬を伝いました。
「畏れ多いお言葉です。女王様、わたくしにお命じください。主の御言葉を、国の隅々まで伝えてまいります。」
「よい。そなたの信ずる主が、そなたと共に歩まれますように。」
こうして、私はエチオピアで最初のキリスト者となり、新たな旅路を歩み出しました。主に導かれたその日から、私の人生は、もはや自らのものではありませんでした。
遠いエルサレムの空も、女王陛下の玉座も、そしてこの国の民の営みも、すべては主の御手の中にある──その確信とともに、私は立ち上がりました。
【福音の広がり】
女王陛下からのお言葉を賜ったその日から、私は公務の合間を縫い、静かに人々へ語り始めました。
最初は家臣のひとり、帳簿を共に整えていた若い書記官でした。
「主は、誰の罪も赦してくださいます。生まれや身分の差もなく、すべての者を愛してくださるのです。」
その若者は、自らの胸に手を当て、しばし黙考し、やがて問いかけました。
「私のような者にも、ですか。」
「はい。私も同じ問いを発しました。答えは、変わりません。」
その日、彼は私に願い出て、庭園の泉で洗礼を受けました。
その知らせは静かに、しかし確実に宮廷の内外へと広まっていきました。
一人、また一人と、心を開いた者たちが洗礼を受け、やがて商人や職人、農夫にまでその教えは伝わりました。
言葉も、身分も、過去の罪も問われず、ただ信じる心ひとつを持つ者が救われる──その教えは、エチオピアの民にとって、乾いた大地を潤す雨のようでした。
日差しの強い午後、井戸のそばで水を汲む女たちの間にも、子どもたちの遊ぶ声の中にも、いつしか「主」という言葉が交わされるようになりました。
国中に、見えない風のように福音が広がっていきました。
【宦官の晩年】
それから幾星霜が流れました。
私は年老いて、かつてしっかりとした手で仕切っていた財務の仕事も、若き後継者へと譲りました。今では静かに宮廷の片隅で、巻物を読み、祈りの日々を送っています。
女王陛下もとうに世を去られました。けれど、あの方のご遺志は確かに民の心の中に生き続けています。
私の目の前を、洗礼を受けた者たちが次々と通り過ぎていきます。かつて書記官だったあの若者は、今では多くの人々に主の御言葉を語る教師となり、村々を巡っています。
エルサレムで求め、ガザの道で出会い、洗礼を受けたあの日から──私は孤独ではなくなりました。
家族というものを持たぬ私でしたが、今や、見渡す限りの民が、互いに「兄弟姉妹」と呼び合う、主の家族となりました。
ある日のこと、老いの重みに身を横たえながら、私は心の中で静かに祈りました。
「主よ、あの日ガザの道で、あなたは私を探し出し、見つけてくださいました。
今、またあなたのもとへ帰る時が近づいているのを感じます。
わたくしの生涯は、決して孤独ではありませんでした。あなたが共に歩んでくださったからです。」
風が、宮廷の石の廊下をやさしく撫でる音がしました。
あの日、ピリポ様が静かに語った声と同じ響きに思えました。
「主よ、あなたのもとへ、まいります。」
そして、彼は静かにまぶたを閉じ、長き旅路の終わりを迎えました。
その葬儀の日、多くの者が集い、彼のために涙を流しました。
誰もが知っていました──エチオピアに福音の種を蒔いたのは、あの宦官だったのだと。
そして、彼が生涯信じ続けた主の御名は、今もこの国で語り継がれています。
2500520追記
この記事は、私の「ガザの洗礼」記事に基づいて、生成AIのchatGPTと対話して作成したものです。生成AIの進歩は目をみはるばかりです。
(「ガザの洗礼」はこちらから)
虎猫(東京カベナント教会会員玉上信明)