toranekodoranekoのブログ

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「安全とヒューマンファクター~ヒューマンエラーとの限りなき戦いに向けて」(東京産業安全衛生大会特別講演)

毎年の東京産業安全衛生大会では、様々な特別講演が実施されます。
2016年の第13回大会講演記録がありましたので、掲載いたします。
新型コロナウイルスへの対応としても示唆に富む内容が含まれていると思います。


ただしこれは、公式の記録ではありませんし、講演内容を逐次録音したものの書き起しでもありません。
玉上が大事な部分と思ったところをメモした記録に過ぎません。なお記録中にかっこで示した頁は当日配布されたレジュメの該当ページです。本記録には添付していません。
以上ご了承いただいた上でお読みください。


1.日時 2016年7月6日(水)14時45分から16時15分
2.場所 一橋ホール
3.講師 
 日本ヒューマンファクター研究所取締役副所長
 塚原利夫氏


【主旨】
東京労働局主催の第13回東京産業安全衛生大会における特別講演。
労働安全衛生・労働災害防止に限らず、業務にかかわるヒューマンファクター全般、ミスやエラー対応について示唆に富む内容。特記事項のみ記録。適宜外部リンクを記載。


1999年技術立国日本を揺るがす様々な事件あり。新幹線の停止、東海村臨界事故、病院事故(手術する患者の取り違え、消毒薬の誤飲)、愉快犯によるジャンボ機ハイジャック事故、H2ロケットの2回の失敗。官邸に官房副長官議長の事故災害防止安全対策会議を設置し、12月に報告書を発表(全文 概要)。


1.ヒューマンファクターとは
ヒューマンエラー防止のためにまず人間を知ろう。
人間の弱いところも素晴らしい部分も、まず素直に確認してみよう。人は外部環境に適応できる社会的特性と心を持った存在ということから考えていく。


【ヒューマンファクター】
機会やシステムを安全に有効に機能させるために必要な人間の能力・限界・特性に関する知識・概念・手法などの実践的学問。
1. 人間の情報処理系は「シングル・チャンネル」:一度に一つのことしかできない。不注意の基本構造。一つのことに注意するほど不注意の領域が広がっていく。真面目な人ほど不注意に陥ってしまう。
2. 「最少エネルギーの法則」:エネルギーを温存して仕事を楽にしようとする。これが技術進歩の根源だが、ときに、手抜きの原因ともなる。
3. 人間は昼行性の動物:「重大事故は夜明けに起きる。」
4. 三つの脳の働き:原始脳、動物脳、人間脳。自分中心の情報処理。見たいように見える。伝えたい事の3分の2は伝わらない。
M-SHELモデル(8頁)。組織、マニュアル、機器、風土、周りの人、本人の間はアメーバのように揺れ動いている。
【悪魔のシナリオ(9頁)】:こうすればエラーが誘発される。
複雑な手順、機材の不統一、講習時間不十分で本人任せ、整理整頓不十分、曖昧な指示、様々な単位の併用、経験の少ないもの同士のチーム、わかりにくいマニュアル、時間内に終了できない作業量・・・
(悪い例)10頁:複雑怪奇な標識。
(良い例)11頁:神戸労災病院。点滴準備中の看護師さん「点滴準備中。申しわけありませんが対応できません。」という背中のプレート。誤調剤多発への対処。事故根絶。


2.ヒューマンエラーとは
達成しようとした目標から意図せずに逸脱する、期待に反した人間の行動。
人間の自然な行動、人間の一面、能力の限界である。完全になくすことはできない。
「エラーを犯す」のではなく、「エラーは起きる」と考えるべき。人間は罠を用意されれば、その罠に陥っていく。


【ヒューマンエラーの本質】
普遍的避けられない。善悪で評価されるものではない。どんな人でも起こす。意図せずに取った行動を簡単に避けることはできない。エラーは結果であり、原因ではない。その多くは繰り返し発生。安全上の重大エラーは組織・システムの全レベルで発生可能性あり。
【ヒューマンエラーへの誤ったとらえ方】
「注意すればエラーをしない」「スキル(能力)不足が原因」「うっかりは本人の責任」「努力すればエラーはなくせる」⇒これらが、ヒューマンエラーマネジメントの古い視点を生んでいる。すなわち次のような考え方だ。
「ヒューマンエラーはトラブルの原因。再発防止のために(エラーを起こした)特定の個人に対処するべきだ。」
(記録者注:エラーを起こした特定の個人こそが問題と考えて「その人への注意喚起とか教育とかで対処できる」と思いこんでいる。そのような考え方である。)


【ヒューマンエラーマネジメントの新しい視点】
ヒューマンエラーはシステム内部の問題の結果である。再発防止のためにはシステムの弱点を補う知恵を出す。


【リスク対処の不適切な行動(リスク補償行動)】
リスクを取り除いていくと却ってリスク感性を失う。危険の認知度が落ち、重大災害が起こりやすくなる。
(記録者注)リスクホメオスタシス理論:危険を回避する手段・対策をとって安全性を高めても、人は安全になった分だけ利益を期待してより大胆な行動をとるようになるため、結果として危険が発生する確率は一定の範囲内に保たれるとする理論。 
カナダの交通心理学者ジェラルド=ワイルドが提唱した。
 見通しの悪い道路を直線化し拡幅すれば、かえって速度を上げて運転し、危険が増す。
 タバコを低タールにするとかえって本数が増える、禁煙者が減る。
 GPS や無線機を持った登山が、かえって危険な場所にチャレンジしよう、といった行動を招く。
(記録者注:参考文献:芳賀繁「事故がなくならない理由(わけ): 安全対策の落とし穴 (PHP新書)」 後述の通り、芳賀先生は2017年第14回東京産業安全衛生大会の特別講演で講師を務められています。)


3.エラーマネジメントの失敗と成功例
失敗に学びすぎると萎縮する。成功例にこそ学ぼう。
マニュアルは一定の前提で書かれている。もともとアメリカ陸軍が兵隊の促成栽培、現場の口封じのために作ったもの。前提と違う事態が起きればその場で判断すべき。


【失敗事例1】ジャンボ機同士の正面衝突事故
濃霧の空港でジャンボ機機長が管制官指示を取り違え待機中の別のジャンボ機に正面衝突。
Stand by take off(離陸待て)の指示をCleared for take off(離陸OK)と聞いてしまった。機関士が管制官への再確認を勧めたのに、機長は強引に離陸した。「強いリーダーシップ」の取り間違え。(記録者注:本件詳細はテネリフェ空港ジャンボ機衝突事故を参照)


【成功事例2】鹿児島竜ヶ峯鉄(成功事例1は前述の神戸労災病院)
平成5年の豪雨。マニュアルでは30ミリ以上の豪雨なら運転停止。運転士は20mm以上の豪雨継続から土石流の危険を察知。指令室の許可を待たず、自らの判断で崩れそうな箇所に敢えて列車を停車させ、乗客のいない車両を堤防代わりにして乗客を避難させた。
(参考:竜ヶ水駅


【失敗事例2】東京豊島区の下水道事故雑司ヶ谷幹線再構築工事事故調査報告書参照)
集中豪雨で現場の班長は工事の中止を進言。現場監督は「マニュアルでは警報発令時に中止だ。今はまだ注意報だ」として工場続行。直後の増水で作業員6人中5人死亡。


【成功事例3】USAir1549不時着水事故
緊急着陸のチェック項目68項目 6項目だけチェック。それ以上チェックはできないと判断し、直ちにハドソン川に緊急着陸。翼の上に乗客を誘導。救命胴衣を膨らまさないように指示(狭い翼の上で押し合いになることを防ぐ)。
(記録者注:「ハドソン川の奇跡」(Miracle on the Hudson) 
       映画「ハドソン川の奇跡」


【成功事例4】東京ディズニーリゾート3月11日
2万人もの帰宅困難者を救うために、学生アルバイトたちが、顧客の安全第1に臨機応変の対応。10人ずつ輪にして中に毛布を入れて、少ない毛布で暖を取る。子供たちには無料でぬいぐるみを提供して抱かせる。お菓子類も無料で提供。
(記録者注)なぜ「3.11」ディズニーのキャストの行動力が感動を生んだのか
その他、「東京ディズニーランド3月11日」で検索すると様々な記事があります。


4.当事者エラーと組織エラー
 当事者エラー:現場作業者のエラー。小さなエラーであり、指摘も対策も容易。顕在化したエラー。
 組織委エラー:環境や背景の問題。当事者エラーを誘発し、また、エラーを事故につなげてしまうもの。指摘も対策も困難。「潜在化エラー」
【まとめ】
 ヒューマンエラーは人間の特性が現れたもの。誰にでも起こる。
 対策は、人間が間違いを起こさないような状況を作ること。管理者の責任。
 ヒヤリハットは、①なぜヒヤリハットで留まったか、②同じヒヤリハットが他にないか、③なぜヒヤリハット未然防止できなかったか、等の多面的な見方が必要。
 緊急時対応で必要なのは「責任・義務・権限」の三面等価。マニュアルは現場の権限を奪う。平常時には遵守するが、緊急時は、現場に権限を与え責任を持って義務を遂行させる。東京ディズニーリゾートは「一番大切なのはお客様の安全」という行動規範を徹底。緊急時に必要な資源を現場判断で顧客に無償提供する権限も付与していた。


5.安全教育と安全な風土づくり
 「100万時間無事故であった」は100万1時間目の事故の確率が増えていること。
 「ヒヤリハット」より、その前のちょっとした気づき気がかりで手を打っていけば、ヒヤリハットさえ防げる。
 心は見えないが心遣いは見える。思いは見えないが、思いやりは見える。
 高信頼性組織(HRO:High Reliability Organization):平常時は重大事故防止にパフォーマンスを示し、事故発生時には果敢に効果的に対処できる組織。
①組織全体の安全に関するポリシーの確立:経営陣の熱意の浸透。現場、現物、現実+原理・原則の5ゲン主義。
②品質・安全の本質の教育:本質について語り合おう。
③無理をさせない風土づくり:現場の「無理だ」がトップに届かなかったのが三菱自動車、東亜建設(羽田空港などの地盤改良工事偽装


まとめ:21世紀の危機管理「攻めの安全」
 そもそも安全などは存在しない。
 活動している限り常に危険と背中あわせ。
 安全の努力を怠るとき、必ず事故が起こる。
 危険をいかに予測し防止するかが課題。
 事故はすべてヒューマンファクターに関連して起きる。
 安全は組織全員で勝ち取る。
 失敗に学ぶ知恵が人類の DNA。
                                 以上


この翌年の2017年第14回東京産業安全衛生大会では立教大学現代心理学部教授芳賀繁先生の以下の講演が行われました。
ブログに掲載したほか、月刊社労士(全国社会保険労務士会連合会機関誌)に芳賀先生のご了解を得て記事を掲載しています。


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