toranekodoranekoのブログ

クリスチャンブロガーが綴るブログです。
明るい高齢化社会、病から得た様々な宝、世の中の動きへの警鐘(銅鑼)を鳴らすこともあります。
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「脱時間給制度」はなぜ誤りなのか

 高度プロフェッショナル制度については、以前にもブログに掲載いたしましたが、連合の対応が揺れ動く中、次の国会で労働基準法改正案として審議される予定です。
日経新聞などでこの制度を評価する論説が見られます。
7月28日朝刊1面「誰のための連合か『脱時間給』容認撤回」
7月30日朝刊5面「『脱時間給』停滞を懸念 経済界、政権の本気度探る」
「休日確保義務は有効 八代尚宏・昭和女子大学特命教授に聞く 」


 もう一度、私の考え方を整理してお示しします。ぜひご一読ください。


 高度プロフェッショナル制度について、「時間より成果で賃金が決まる。効率的な働き方に繋がり労働者のためになる。」といった議論を聞く。根本的な誤りではないか。
 過労死・過労自殺した人は時間外手当を求めたのではない。成果を厳しく追及され、追い詰められたのだ。この制度は、経営者が成果だけを強調し、労働時間管理を労働者の責任に丸投げするものであり、過重労働に陥るのは目に見えている。働き方改革の中で刑事罰まで科して厳格な労働時間管理を求めているのはなぜか。少子高齢化の中で働き手確保のためには、長時間労働の是正により、ワーク・ライフ・バランスを改善し、女性や高齢者も仕事に就きやすくして、労働参加率向上を図らなければならないからだ。命を損ないかねない長時間労働など論外である。
 そもそも、労働契約は経営者・労働者間の人間的・継続的契約である。経営者には労働者の安全と健康への配慮義務がある。自分の金もうけのために人の命や健康をないがしろにすることが許されるはずもない。
 さらに、この制度は労働生産性向上すら阻害する。労働生産性は、単位時間(マンアワー)当たり生産性(成果)で示される。労働時間管理を粗略にすれば、正確な労働生産性の測定もできなくなる。ホワイトカラーの生産性は人により違う。だからこそ、労働時間と成果を適切に測定し、生産性の高い人の技能やノウハウを業務担当者間で共有する等により全社的な生産性向上を図る必要がある。我国のホワイトカラーの生産性の低さは、単位時間あたりの成果測定すら行わず「時間で測れない創造的な仕事」等と錯覚してきたことに起因するのではないか。
 「脱時間給」の主張は、労働時間管理も生産性向上の努力もすべて労働者に丸投げし、経営者が成果だけを厳しく求める姿勢の表れである。この経営者の無能と無責任こそが過労死・過労自殺を生んだのではないか。
 もともと、「脱時間給」という言葉自体に問題がある。正社員の賃金の大半は職業経験・能力、業績・成果、勤続年数など様々な要素で決まる。時間で決まるのは一部分にすぎない。一部の経営者が、成果を適切に評価できず、長時間労働を労働者の忠誠心の証と取り違えて評価してきただけだ。即ち「脱時間給」という言葉自体が、賃金決定の実態を無視した虚構のネーミングに過ぎない。
 ことは人の命と健康にかかわる問題である。粗雑な議論は許されない。労働者・経営者・政府が手を携え、労働者の生命と健康を守りつつ生産性の向上と人間としての豊かな生き方の両立を考えていくべきである。


銅鑼猫