toranekodoranekoのブログ

クリスチャンブロガーが綴るブログです。
明るい高齢化社会、病から得た様々な宝、世の中の動きへの警鐘(銅鑼)を鳴らすこともあります。
ときどき大阪弁も出てくる聖書物語もお楽しみに。
主催者のほか様々な協力者も登場します。

医師の力

虎猫が、かつてオーケストラのマネージャーをしていたBさんから聞いた話です。


 演奏中に突然大きな音。団長のコントラバス奏者が急に意識を失って倒れてしまったのです。大きな音は、団長さんとコントラバスの両方が倒れた音でした。
Bさんがあわてて駆けつけてみると、客席にいたお医者さんと看護師さんが駆け上がって介抱を始めておられました。
うめき声をあげて苦しむ団長さんに看護師さんが懸命に呼び掛け、お医者さんが緊急措置をされていました。
そのときBさんは思ったそうです。「お医者さんにも看護師さんにも税金なんか払ってもらわなくてよい。このように、どんな時でも急患に向き合っておられるのだ。」
団長さんは救急車で病院に運ばれ、事なきを得ました。


私がこの話を思い出したのは、最近「神様のカルテ」という本を読んだからです。
地方の病院で毎日多くの患者さんを助け、またその最期をみとってきたお医者さんが書いた小説です。
こんなシーンがあります。
主人公の担当する重症の癌の患者さんが容態急変します。幸い主人公の友人の医師の応急措置で何とか危機を脱しますが、もはや余命いくばくもないとはっきりします。


「これからどうするのか」と友人に尋ねられ、主人公は答えます。


「考える」
「考えたところで治療法があるのか?」
「治療法を考えるのではない。(中略)本人にどう話すかを考えるんだ。」
私は医者である。
治療だけが医者の仕事ではない。
(夏川草介「神様のカルテ」単行本81~82頁より)


この国の医療は、このような人々の献身的な努力によって支えられています。
「税金など払っていただかなくてよい、そんなものは自分たちで稼ぐ。」というあのBさんの声は、決して的外れではないと思います。


そこでイエスは答えて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。」 (ルカの福音書5章31節)

【注】2010年6月に東京カベナント教会ブログ「重荷をおろして」に投稿していたものです。先に公開した「石の力」と対になるものです(ただのダジャレ?)。

虎猫


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