toranekodoranekoのブログ

クリスチャンブロガーが綴るブログです。
明るい高齢化社会、病から得た様々な宝、世の中の動きへの警鐘(銅鑼)を鳴らすこともあります。
ときどき大阪弁も出てくる聖書物語もお楽しみに。
主催者のほか様々な協力者も登場します。

ゴルゴタの丘の兵士(ルカの福音書第23章より)(ゴルゴタの丘その3)

ユダヤのイエスという人が二人の盗賊とともに十字架刑にされた、あの時のことを話せ、とおっしゃるのですか。
ずいぶん昔のことですが、今でもありありと覚えておりますよ。
私はそのときエルサレム軍団第一百人隊の兵士でありました。
第一百人隊というのは、軍団のあまたの百人隊の中の一番の精鋭部隊です。
処刑が行われたのは、ユダヤの過越しの祭りのときです。彼らの最大の祭りであり、ローマへの反逆や暴動などの企ても予想されました。
万全を期すため、精鋭の第一百人隊が十字架の丘の警護を担うことになったのです。
私は隊長殿の伝令係で、十字架のすぐ下で隊長殿のかたわらに控えておりました。


イエス様は、十字架につけられ、釘打たれた手足からも、いばらの冠をつけられた頭からも血をしたたらせていました。
他の二人の盗賊たちも苦しげにうめいていました。
こうして長い時間をかけて死に至らせる、というのが十字架刑なのです。


ローマ軍兵士の私が、なぜユダヤの罪人を「イエス様」と敬称で呼ぶのか、とおっしゃるのですか。どうか最後までお聞きください。そうすればわかっていただけます。


イエス様は苦しげな息をしながら何か話しておられました。
隊長殿も私も思わず耳をそばだてました。
「父よ・・父よ・・」
自分の犯した過ちを親にわびようというのでしょうか。
「父よ。彼らをお許しください。
彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」
一体、なんという言葉でしょうか。なんという祈りなのでしょうか。
もう死が間近に迫っているそのときに、自分のことでなく他人のことを、自分を苦しめた者たち、あるいは捨て去った者たちのために、許しを乞うて祈りをささげているのです。
隊長殿も私も茫然と立ちすくむばかりでした。


背後では群衆や祭司たちが罵り声をあげていました。
「お前が神の子キリストで、選ばれた者だというなら、自分で自分を救ってみろ。」
若い兵士らは罪人の着物をはぎ取り、くじ引きで着物を取り合っていました。
「お前がユダヤ人の王ならば自分を救ってみろ。」とあざ笑うのです。
十字架に付けられた盗賊の一人まで悪口のかぎりをつくしています。
「お前が救い主キリストだというのか。それなら俺たちも救ってみろ。」


そのとき、もう一人の盗賊が言い出しました。
「お前は神をもおそれないのか。
俺たちは自分の犯した罪の罰を受けているだけだ。
だが、この方が何をしたというのか。」
そしてイエス様の方に首をめぐらして言いました。
「イエス様、あなたの御国の位にお着きになるときには、どうか私のことを思い出してください。」
それを聞いてイエス様はおっしゃいました。
「まことにあなたに告げます。
あなたはきょう、私とともにパラダイスにいます。」


その時、急に全地が暗くなりました。
そのまま、いつまでもいつまでも暗闇が続くのです。どれだけの時間がたったでしょうか。
人々はざわめき、やがて不安と恐怖が高じてきたのが分かりました。
精鋭の第一百人隊の兵士たちは、さすがに微動だにせず持ち場を守っていました。
そのときイエス様が大声で叫びました。
「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」
そのままがっくりと首を垂れて息を引き取られたのです。


突然、雷鳴のような大きな音がして、地面が大きく揺らぎだしました。
「大変だ、神殿の幕が真っ二つに裂けたぞ!」誰かが大声で叫んでいます。
人々は悲鳴を上げ、逃げ惑いだしました。
兵士たちさえ、うずくまり、ある者は恐怖に駆られ持ち場から逃げ出そうとしています。
副官殿が叫んでいます。
「持ち場を離れるな!エルサレム軍団第一百人隊の誇りを忘れたのか!」
兵士たちはようやく我に返り、持ち場を守り続けました。
副官殿がこちらに駆けてきます。
「隊長殿、隊長殿!」
私は隊長殿を振り返りました。
隊長殿は、私たちに背を向けてイエス様の十字架を仰いでおられるのです。
副官殿が隊長のすぐそばに来られてもう一度「隊長殿!」と言われました。
隊長殿はようやく私たちの方を振り返られました。
「見ろ。」
そういってイエス様の十字架を指さされます。
私たちも十字架を仰ぎ見ました。
「あの方は本当に正しい方だった。神の御子だった。」


あなた様はローマの貴い方のために、イエス様の記録をまとめておられるのですか。
それで私のような一介の退役兵士にまで話を聞きにいらしたのですね。
あなたのお名前をうかがっておりませんでしたね。
ルカ様とおっしゃるのですか。


私がお語りできることはこれですべてです。
イエス様を正しい方と信じ、神の御子と呼んだのは、ローマ軍の隊長です。間近にイエス様を仰ぎ見、その最後の振る舞いを見て、最後の言葉を聞き取ったからこそ、確信をもって、イエス様を神の御子と信じたのです。


虎猫


ゴルゴタの丘3部作(?)の最後です。隊長、副官、兵士の目から見たイエス様の十字架の姿です。受難節にふさわしいものとして投稿いたしました。