toranekodoranekoのブログ

クリスチャンブロガーが綴るブログです。
明るい高齢化社会、病から得た様々な宝、世の中の動きへの警鐘(銅鑼)を鳴らすこともあります。
ときどき大阪弁も出てくる聖書物語もお楽しみに。
主催者のほか様々な協力者も登場します。

患者の心得(江戸前のパリの街角)

私が入院していた時です。
朝、目が覚めて洗面などに立ったとき他の患者さんとお会いすると、ごく普通に「おはようございます。」とあいさつしました。
ところが、あいさつを返していただける方が殆どおられません。
次の日も同様に「おはようございます。」
それでもあいさつゼロ。
ばかばかしくなって、あいさつはやめようか、と思いました。
しかし、たぶん病気で気が滅入っておられるだけだろう、ひょっとしたら、自分のあいさつの声が大きすぎたり、あるいは心がこもっていなかったり、そんなことがあったかもしれない、と思い返しました。
よいことなら自分一人でも続けよう、そう考えました。
次の日も、次の日も「おはようございます。」
やがて、あいさつを返していただける方が一人二人とあらわれ、やがて病棟の中でのあいさつがごく普通に行われるようになっていきました。


私の病室は6人部屋で、私のベッドは廊下に一番近いところでした。
午後の面会時間になると、ご家族やお子さんなどお見舞いの方が次々と廊下を通っていらっしゃいます。
私は、そんなお見舞客に「こんにちは」と明るくあいさつしました。
お子さんなどは大喜びで「こんにちは!」とあいさつを返してくれました。
そんなとき、私はあたかもパリの街角のカフェで、道行く人々と明るく挨拶をかわしているような、そんな気がしてきました。


西新橋の病院でした。
病棟の窓からは東京タワーの形をしたエッフェル塔、日比谷通りのようにも見えるシャンゼリゼ通りが見えました。
ただあいさつだけで、江戸前のパリの街角が目の前に現れたのです。


いつも喜んでいなさい。
絶えず祈りなさい。
すべてのことについて、感謝しなさい。

(新約聖書「テサロニケ人への手紙第一」第5章16~18節より)


虎猫


2012年9月に東京カベナント教会のブログ「重荷をおろして」に投稿していた記事です。
私が悪性リンパ腫(リンパの癌)という病気にかかり、生まれて初めて入院していた時に書いた記事です。その後も幾度か入院することがありました。
この記事を都度に読み直して自分の心の支えとしてきました。

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