toranekodoranekoのブログ

クリスチャンブロガーが綴るブログです。
明るい高齢化社会、病から得た様々な宝、世の中の動きへの警鐘(銅鑼)を鳴らすこともあります。
ときどき大阪弁も出てくる聖書物語もお楽しみに。
主催者のほか様々な協力者も登場します。

ふつうの人エリヤ(旧約聖書 列王記 第一 第17章)

 エリヤは王宮から懸命に走って逃れました。
アハブ王が偶像礼拝の罪を犯したのを厳しくとがめ「自分の言葉によらなければこの地には露も雨も降らない。」と宣言してきたのです。すぐに王宮の兵士たちが追ってくるでしょう。


走り疲れ、息も絶え絶えに座り込んでしまったエリヤに、神の言葉が臨みました。
「エリヤよ、エリヤよ」
「はい、神様、ここにおります。」
「ケリテ川のほとりに身を隠せ。川の水を飲め。カラスがお前を養う。」
エリヤは御声のままにケリテ川に身を隠しました。
翌朝、目が覚めると、カラスが飛んできました。一羽はパンを口にくわえ、もう一羽は肉をくわえていました。
「神様、感謝します。本当にカラスが私を養ってくれるのですね。」
朝に夕に、こうしてカラスがパンと肉を運んできてくれました。


  そして幾日もたちました。今日もカラスがパンと肉を運んできてくれました。
でも川の水は涸れてしまいそうです。エリヤは祈り、耐え忍び、神の御声を忠実に待ち続けました。
とうとう川の水が涸れたまさにその時、神の声がありました。
「エリヤよ、エリヤよ。」
「はい、神様、ここにおります。」
「お前はシドンの町ツアレファテに行け。お前を養うやもめがいる。」
エリヤはびっくりしました。
シドンと言えばアハブ王の妃イゼベルの出身地です。偶像崇拝の本拠地です。アハブ王は、このイゼベルを妃にしてから、妃の言うままに偶像崇拝に走ったのです。その偶像崇拝の地の真っただ中に行け、という命令です。
でも、神様のお言葉通り、確かにカラスがエリヤを養ってくれました。
忠実にご命令に従おう、エリヤは決めました。


 ようやくシドンの町ツアレファテの門にたどり着きました。
ちょうど薪(たきぎ)を拾っている女の人がいました。
「おかみさん、すみません。水を一杯とパンを少しいただけませんか。」
「旅のお方ですか。差し上げたいのはやまやまですが、いま我が家にあるのは一握りの粉と油が少しだけです。
今拾ってきた薪でパンを焼いて、私と息子で最後の食事をして、それから死のう、と考えていたところなのです。」
「おそれることはありません。まず私に小さなパン菓子を作って持ってきてください。それからあなた方のためにパンを作りなさい。
神様はおっしゃっています。『この日照りの終わるときまで、かめの粉は尽きず、壺の油は尽きない。』」


 不思議なことをいう人だと思いながら、女の人は言われるままに、まずパン菓子を作ってエリヤに持っていきました。帰ってくると粉も油も減っていないように思えました。それでもちょうど二人分くらいです。これが最後の食事と覚悟してパンを焼きました。
ところが、パンを食べてから、かめと壺を見ると、粉も油もそのまま残っているではありませんか。
「あの方は本当に神の人に違いない。」女の人は町の門まで走ってエリヤを家に迎えました。毎日毎日、エリヤの分も含めて3人分のパンを焼きましたが、粉も油も尽きることはなかったのです。


 ところが、女の人の息子が急に重い病にたおれ、そのまま亡くなってしまいました。
「エリヤ様、神の人。あなたは私の罪を知らせるために息子の命を奪われたのですか。
そのために来られたのですか。」女の人はそう言って慟哭しました。
エリヤは女の人から息子の遺骸を受け取り、自分の床に横たえ、そして祈りました。
「私の神、主よ、どうして私を養ってくださったこの人の息子を死なせたのですか。」
さらに祈りは続きます。
「私の神、主よ。どうかこの子の命をこの子のうちに返してください。」
エリヤは、二度、三度と祈り続けました。
神は祈りを聞かれ、息子は生き返りました。
女性はひざまずき、エリヤに言いました。
「あなたは神の人です。あなたは神の言葉、真実の言葉を語る方です。」


 エリヤの物語はさらに続きます。
ただ一人でバアルの預言者450人と対決して打ち勝ちますが、イゼベルの追及を恐れて山に逃げます。そこで神の声を聞き、神により頼む者の強さを学び、自分の使命を果たすべく再び立ち上がります。


エリヤは、その家系も両親の名すらも伝えられていません。ごく普通の人でした。
それでも神に用いられ、偉大な預言者となったのです。


メンデルスゾーンのオラトリオ「エリヤ」は、この預言者の生涯を描いた名曲です。機会があればぜひ聴いてみてください。


【注】
2012年9月聖書同盟 小山田 格総主事(当時)のメッセージに基づいて、東京カベナント教会ブログ「重荷をおろして」に投稿していた記事です。
小山田先生はその後、東京カベナント教会の牧師を勤められ、今は練馬の地で開拓伝道に就いておられます。


虎猫

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