toranekodoranekoのブログ

クリスチャンブロガーが綴るブログです。
明るい高齢化社会、病から得た様々な宝、世の中の動きへの警鐘(銅鑼)を鳴らすこともあります。
ときどき大阪弁も出てくる聖書物語もお楽しみに。
主催者のほか様々な協力者も登場します。

走れ!ザアカイ(新約聖書「ルカの福音書」第19章より)

 ザアカイはエリコの町の取税人の頭で大金持ちですが、町の人には嫌われていました。規定以上の税金を容赦なく取り立てては私腹を肥やしていたからです。


 そんなザアカイに、不思議になついてくれる少年がいました。
いつか、ザアカイがパン屋に取り立てに行ったとき、パン屋が「これでご勘弁を。」と大きなパンを差し出しました。パン屋を出たときに、物ほしそうな目つきの少年に会いました。
ザアカイは何の気もなく「そらよ。」とパンを少年に渡しました。
それ以来、少年は、店の掃除など雑用をしてくれるようになったのです。


 その少年の声がしました。
「おじさん!ザアカイおじさん!」
「なんだ、お前か。パンはないぞ。」
「違うよ、おじさん、イエス様だよ、イエス様が来られたんだよ!」
イエス様?
ザアカイも聞いたことがありました。力ある言葉を語り、病の人を癒し、人びとに慕われ、救世主ではないかとあがめられている。・・・そんな方だと聞いていました。
 外に出てみると、町の人がみな「イエス様、イエス様」といいつつ、どんどん走っていくではありませんか。もうだいぶ遠くまで行ってしまわれたのではないか。
「おじさん、こっち、こっち、先回りしよう!」少年は駆け出しました。
ザアカイはもともと小柄で太り気味。走るのは早くありません。前を走る少年を必死に追いかけました。少年は町の抜け道の狭い路地を突っ走っていきます。
「おじさん、ザアカイおじさん、走って走って、早く早く!」
少年は時折立ち止まっては、懸命にザアカイに呼びかけます。
走れ!ザアカイ。
ザアカイは自分で自分を必死に励まして走り続けました。
「おじさん、こっちだ。イエス様はこっちの方に来られるよ!」


 もう待ち構える人々でいっぱいです。ザアカイが通してもらおうにも、みんな夢中です。それどころか、ザアカイとわかると、足を引っ掛けて邪魔する人までいます。
「おじさん、この木、これに登ればイエス様が見えるかも。」
少年が指差す木にザアカイは取りついて、懸命によじ登りました。
「なんだありゃ?」「ザアカイの野郎だぜ。」
「大きな木にへばりついて、まるでアブラゼミだね。」
下で見上げる人々が遠慮なく囃し立てます。熟れた果物を投げつけてくる人までいます。
ザアカイは木にしがみついてこらえました。


 ちょうどそのとき、イエス様が来られ、上を見上げられました。
ザアカイはさっと血の気が引きました。こんなふうにイエス様を木から見下ろすなんて、とんでもない失礼をしたのではないか。イエス様に叱られるのではないか。
イエス様はおっしゃいました。
「ザアカイ、降りておいで。今日はお前の家に泊めてほしいのだ。」
ザアカイは、木から滑り降りてイエス様の足元に駆けよってひざまずきました。
町の人たちはひそひそとつぶやきました。
「あんな罪人のところに泊まるなんて。」
でもザアカイは立ち上がり、イエス様を自宅に迎えました。
「主よ、私の財産の半分は貧しい人々に施します。私がだまして取り上げたお金は4倍にして返します。」
イエス様はおっしゃいました。
「今日、この家に救いが訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。
人の子が来たのは、失われたものを探して救うためなのだ。」


 こうしてザアカイは約束通り、自分の財産の半分は貧しい人に、だました人にはその4倍を払いました。財産はきれいになくなってしまいました。
このうえは、身一つでイエス様のお弟子の端くれに加えていただこう。ザアカイがそう考えていると、またあの少年の声がします。
「おじさん、おじさん!」
「どうした、坊主。悪いけれどおじさんは文無しだぞ。パンも買ってやれないぞ。」
すると、少年は袋を差し出しました。少年の後ろに女の人が立っています。
「ザアカイ様。この子の母です。いつぞや私が病気の時にこの子にパンをいただきました。それから時折お駄賃もいただいたりして、お陰様ですっかり元気になりました。
うちの家のイチジクを干したものです。」
「おじさん、イエス様のところに行くんだろう。手ぶらじゃかっこ悪いだろ。
これ持って行ってよ。皆さんで食べてもらってよ。」
ザアカイは袋を持ちました。ずっしりと重い。きっと一生懸命に干しイチジクを作ってくれたのだな。そう思いました。
「おじさん。」また少年がいいます。
「今度は走らなくてもいいんだよ。イエス様はずっと待っていて下さるから。」
 
 ザアカイは袋を背負い、少年と母親に手を振りながら、イエス様のおられる方へと歩き出しました。不思議なことに、少年と母親だけでなく、町の人々もみな手を振ってくれているのです。


(注)2012年5月に東京カベナント教会ブログ「重荷をおろして」に投稿した記事です。題名はお気づきの通り太宰治「走れ!メロス」に似せたものです。
そして、この少年は聖書には出てきません。私が想像したザアカイの良心の投影です。


虎猫

×

非ログインユーザーとして返信する

あと 2000文字

※は必須項目です。