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全国社会保険労務士会連合会機関誌「月刊社労士」(2018年1月号)への投稿

全国社会保険労務士会連合会機関誌「月刊社労士」(2018年1月号)に玉上の記事が掲載されました。全国4万人の会員に読まれる雑誌です。
立教大学の芳賀先生のご講演内容を紹介したものですが、直接には労災防止対策に役立つとともに、人事労務管理全般、業務の進め方、リスクマネジメント全体にも貴重な示唆となるのではないか、と思います。
差し支えなければ、知己の方々へも適宜御紹介などいただければ幸いです。
(この記事は、2017年10月7日にも本ブログに「ヒューマンエラーと安全マネジメント~しなやかな現場力を創るには~」として掲載しましたが、その後、連合会のご依頼や芳賀先生の御指摘を受けて作成替えし、今回の「月間社労士」掲載に至りました。)


①タイトル
「ヒューマンエラーと安全マネジメント~しなやかな現場力を創るには~東京産業安全衛生大会特別講演を聴いて」


②内容
昨年7月5日の第14回東京産業安全衛生大会(東京労働局・各労基署、公益社団法人東京労働基準協会連合会等主催)における①記載特別講演(講師;立教大学 現代心理学部心理学科教授芳賀繁先生)の内容を紹介し、中小企業への示唆について論じたもの。


【骨子】
 これまでのエラーマネジメントは、ともすると「システムは安全。人間こそが安全を脅かす元凶」として画一的作業方法を現場に押し付け、稀な失敗事例だけを見て過重な再発防止策に繋がっていた。
 しかし、システムにも危険がある。人間と組織の柔軟性こそが、危険なシステムを完全に機能させる。そのためには「失敗事例」だけでなく、むしろ「成功事例」を見て、現場の工夫と努力を適切に評価すべきである。
 (玉上コメント)このような「しなやかな現場力」は我国中小企業の強みだったはず。働く人の誇りと熱意を尊重して適切な方向に導くべきだ。


【以下、記事本文全文です。】
 2017年7月5日東京労働局主催第14回東京産業安全衛生大会で、立教大学現代心理学部教授芳賀繁先生の表記講演がありました。社会保険労務士として、労働災害防止、緊急時対応、危機管理等の基本として知っておくべき内容であり、人事労務管理全般の貴重なヒントにもなると思われます。講演概要をご紹介します。但し、公式記録ではなく、録音からの逐語的記録でもないことは、予めご了承ください。
(本稿掲載には芳賀先生のご了解を頂いています。)


1.エラーマネジメントの変遷
エラーマネジメントは「個人への注意喚起」「システムへのアプローチ(人間が間違いにくいシステム)」「組織へのアプローチ(安全文化、組織風土等の組織的要因見直し)」と進みました。
これがともすると、ルール厳格化等「人間のパフォーマンスのばらつきを最小にする」ことを重視する対策に繋がりました。画一的作業方法を現場に押しつけ、マニュアルに従うだけで自分の頭で考えない社員、デスクワークだけで現場を知らない管理者を生んだのです。
我国の現場は、元々しなやかさを持っていました。皆で創意工夫を凝らし、自分にできることは積極的にしてきました。そのしなやかさが失われてきています。


2.レジリエンス・エンジニアリング(柔軟なやり方、失敗を咎めるより成功を増やそう)
 ①臨機応変・しなやかさには両側面がある。
実際の現場では、マニュアルにない工夫が臨機応変に行われ、成果を上げています。もちろん、臨機応変にはリスクがあり、成功・失敗いずれにも繋がる可能性はあります。だが、成功事例はあまり報告されず、稀な失敗事例だけが大げさに取り上げられがちです。安全文化、企業理念、行動規範、安全態度が確立していれば、もっと現場に任せることもできると思われます。


②「安全文化」―「公正な文化」「柔軟な文化」等
「安全文化」とは「組織の構成員が安全の重要性を認識し、不安全行動への感受性、事故予防への前向きな姿勢を持つこと」です。その特徴の一部を紹介します。
「公正な文化」:例えば、航空機事故を防ぐため、悪天候なら出発を遅らせるのが現場の知恵です。「定時出発率」だけ強調すると無理な出発に繋がります。「起きた失敗を後知恵で処罰しない」「形式的な法令マニュアル遵守だけで裁かない」「実務者が納得する賞罰がある」等の「公正さ」が求められます。
「柔軟な文化」:変化する要求に効率的に適応することです。信頼度の高い組織なら、平時は中央集権的でも、必要に応じ「権力分散型管理」に切り替えられるはずです。組織の中での価値観の共有が成否を決めます。東日本大震災時に様々な好例が見られました。既存システムと外乱の間にできた隙間を、人間の柔軟な判断が埋めたのです。
例1)石巻赤十字病院:救急搬送多発を予測、通常の外来診療を打ち切り搬送受入れに注力。避難所に出向き衛生管理を指導。「医療の原点は健康を守ること」という信念。
例2)JR「命運分けた列車の停車位置」:乗客のワンセグ情報で、運転手が「今の場所の方がマニュアル指定の避難所より高台で安全」と判断し停車。指定の避難所は震災で流出。
例3)宅急便ドライバーの心意気:本社と連絡も取れない中、本社指示を待たず率先して救援物資仕分け搬送を実施、不慣れな自治体職員をサポート。
例4)海上保安庁ヘリコプター:本部の指示なく現場隊員の判断で救助活動。「私たちの使命は国民の生命と財産を守ること。全隊員が熟知し躊躇なく行動した。」価値観が共有されていれば、命令が途切れても現場は正しく行動できる。
(玉上注)事例詳細はインターネット検索等で把握できます。


③レジリエンス・エンジニアリングの考え方
これまでは「システムは基本的に安全。人間が安全を脅かす元凶。ヒューマンエラー分析に基づく厳密な作業手順確立・遵守が事故防止に有効」と考えられてきました。
レジリエンスの考え方は真逆です。「人間が元凶」という考えを捨て、システムにも危険があると認識し、人間と組織の柔軟性こそが危険なシステムを安全に機能させる、という考え方です。この実践には、失敗事例よりも成功事例を考えるべきです。現場の人間が作業手順を調整し外乱や変動に対処します。一例は高速道路のメンテナンス作業です。過酷な条件の中で現場リーダーが状況判断し適切に対処します。ルール・マニュアルに従うだけでは作業員の安全は守れません。
(玉上注)一般社団法人レジリエンス協会の「レジリエンス」の説(抜粋)
災害やテロなど想定外の事態で社会システムや事業の機能が停止しても、全体の機能を速やかに回復できるしなやかな強靱さを表す言葉。防災や事業継続計画(BCP)のみならず、国家戦略・事業戦略に組み込んで競争力強化を図れる。「国土強靱化」もレジリエンスの意訳と考えられる。
④「失敗・インシデントから学ぶ」ことの落とし穴
通常は、リスク管理者には失敗事例しか報告されません。一つの失敗に対処する再発防止策が多くの成功の芽を摘む可能性があります。しかし、成功の多くは現場の工夫と努力の賜物です。
例)看護師が1人で2人の患者を搬送。手術で患者取り違え事故発生。
「1人で1人の患者を運ぶことの徹底」が正しい対策と見えるが、これを厳守すると病棟戦力が減少、却ってリスクが増す。朝の病棟が忙しい時間帯に手術も一斉に開始され、看護師1人で2人の患者を運ぶしかなかった、看護師が2人同時離席すると急患発生に対応困難、患者取り違え防止策は別途考えるべき、など多面的検討が必要。


3.「仕事への誇り」が「しなやかな現場力」を支える
以上を纏めれば、「仕事への誇り」こそが「しなやかな現場力」を支えます。
 仕事への誇りを持ち、自分の頭で考え意見をはっきり述べる。
 権威主義、セクショナリズム、結果責任処罰は現場力を低下させる。
 ヒューマンエラー撲滅だけに注力すると、マニュアル主義、厳罰主義に陥り、柔軟な現場力を失わせ、結果的に事故リスクが増大する。
 現場の作業自体の理解に基づく安全マネジメントが不可欠。
これによって、次のような行動が生まれます。
 第1線社員はマニュアル遵守のみでなく、安全のため必要と考えればマニュアルになくても自発的に行動する。
 こうして、第1線社員・組織が上部の指示がなくても安全を確保しつつ組織の社会的使命を果たすための判断・行動ができるようになる。


4.私見―中小企業への示唆―
最後に私見を申し上げます。
「しなやかな現場力」は我国中小企業の優れた資質と思います。現場で創意工夫が凝らされ、多くは、人から人へ口と手で伝承され、暗黙のルールが現場を動かしてきました。そのしなやかさが今、失われつつあるようです。例えば、熟練労働者不足対応として、未熟練労働者を前提のマニュアル化の徹底が、現場の熟練や創意工夫を削ぐ懸念もあります。AI等システムの進歩も、使い方を誤ると、作業工程のブラックボックス化等に至るかもしれません。マニュアルを守り、システムの指示さえ守れば、結果は知ったことではない、という無責任な姿勢をも産みかねません。これが労災の原因になることすらありえます。
 安全はすべてに優先します。それを支えてきた「しなやかな現場力」に今一度目を向け、働く人の誇りと熱意を尊重し適切な方向へ導くことは、私達社会保険労務士の責務と思われます。
                                   以上


銅鑼猫

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