toranekodoranekoのブログ

クリスチャンブロガーが綴るブログです。
明るい高齢化社会、病から得た様々な宝、世の中の動きへの警鐘(銅鑼)を鳴らすこともあります。
ときどき大阪弁も出てくる聖書物語もお楽しみに。
主催者のほか様々な協力者も登場します。

ロシアとメキシコのクリスマス(ニック&アーニャ)

クリスマス(降誕祭)の4つ前の日曜日からが、イエス様の降誕を待ち望むアドベント(待降節)です。本日11月27日(日)が第1アドベントです。各教会で催しが持たれたことでしょう。
多言語広場セルラスの集いピアザでは、各国の様々な習慣や風俗について時々、クイズをやっています。その中からクリスマスにちなんだ2問を紹介します。


【第1問】ロシアのクリスマスは何日?
【答】ロシアのクリスマスは1月7日!12月25日より2週間遅れです。

「ユリウス歴」を使ってるからだそうです。
これは古代ローマのユリウス・カエサルが制定した太陽暦です。その後1582年に、ローマ教皇ローマ教皇グレゴリウス13世が、太陽年との誤差を修正したグレゴリオ暦を制定・実施し、今日広く使われています。


ロシアのクリスマスについて2つのサイトをご紹介します。素適な写真も沢山載っています。


ロシアの新年&クリスマス
(一部抜粋)
「西側とはなにかと違うロシアの風習。
ロシアのクリスマスは、ヨーロッパより約2週間遅れの1月7日なのです。
これはロシア正教の暦によるもの。西洋諸国ではグレゴリオ暦を使っているので12月25日ですが、ロシア正教ではユリウス暦という古い暦を使っているため1月7日になるのですね。
12/25は、あくまでもカトリックのクリスマスゆえ、ロシアでは、とくに特別な食事や特別なパーティは開かれないようです。ヨーロッパ嗜好の強い人の流行なのか、最近は12/25もクリスマスパーティをする人たちもいるようですが、とても少ないようです。 (ニック注:最近は変わっているようです。次の記事参照)」


ロシアのクリスマスは何だかスゴイ!ロシアが他とは違うところ5つ
(抜粋)「ロシアのクリスマスは12月25日ではなく、1月7日。ロシアの伝統的なロシア正教のクリスマスです。ロシア革命前はユリウス暦が用いられていたため、当時のクリスマスの日を現代の暦に当てはめると1月7日になることから、このようなズレが生まれたと言います。この日は国民の祭日にもなっています。最近はカトリックの12月25日にお祝いをする人も少なからずいるので、ロシアではクリスマスが2回あるとも言われています。」


【第2問】メキシコの子供たちがクリスマスプレゼントをもらうのは何時でしょうか。
【答】1月6日です。

「飲んで食べて踊りまくる?なが~いメキシコのクリスマス」の記事からご紹介します。
メヒコ(メキシコ)では、12月24日から1月6日(東方の三博士がイエス様に礼拝。イエス様が公に現れた最初として「公現」という)まで、長いクリスマスを祝います。
「クリスマス期間が始まった頃に、子どもたちがクリスマスツリーに賢者たちへ宛てた手紙(プレゼントで欲しいもの)をあらかじめ置いておくと、1月6日の朝にそのリクエスト通りのプレゼントがツリーの下に置かれているという、子どもたちにとっては最高に嬉しい日」なのだそうです。
なお、多言語広場セルラスの教材で「メヒコでは新年のカウントダウンで年の数だけブドウを食べる習慣」というのが出てきましたが、実際は12粒でよいそうです。
「新年の街を、喉を詰まらせたお年よりを乗せて救急車が走り回る」なんてことはないそうです。


以下も、先ほどのサイトからの引用です。
「メキシコでは、新年を迎える鐘が鳴っている間にぶどうの粒を食べなければいけないという、おもしろい風習があります。」
「食べる前に年の数だけぶどう粒をたべるのかと思って、びくびくしてましたが、どうやらそうではなく、12粒食べればいいんだと。でも、これが結構大変で、ぶどうを食べながら願い事もとなえないといけないのです(そんな千手観音みたいなことできるか!と思いましたが)。」


ニック&アーニャ


インドネシアの蝶が渋谷に舞い降りてきた。

【登場人物】
ニックパーパチカ:65歳定年退職後、突然、多言語習得を思い立つ。
多言語広場CELULAS(セルラス)に参加。若者たちにまじって悪戦苦闘。ニックがあだ名。パーパチカはロシア語でパパのこと。
アーニャ:本名は明日香。小学校6年生でロシアナホトカに単身で2週間のホームステイを敢行した元気娘。お世話になったロシアのご家庭で「アーニャ」というロシア名をつけてもらい、帰国後もこれをニックネームとする。セルラスの6月の催し「スーパーピアザ(ピアザはイタリア語で広場)」でニックパーパチカと出会い、それ以来、行動をともにする。
Tお姉さん:国際交流基金のプログラムによりインドネシアの高校で日本語クラスのアシスタントを担当。6月に一時帰国して報告会を開く。



今日、ニックパーパチカが面白いところに連れて行ってくれる、というのに、インドネシアから帰ってきたお姉さんのお話を聞く会だなんて、つまんない。
もう帰る!と駄々をこねてしまいました。


でも、ヒジャブ(スカーフ)をかぶった素適なお姉さん(Tさん)が、インドネシアでの体験をインドネシア語で語り出されたとたん、引き込まれてしまいました。
スライドを示しながら、ゼスチャーたっぷりに話される様に、私の目の前にインドネシアの風景、インドネシアの人々の姿が次々と浮かび上がってきたのです。
専門学校の生徒さんたちの年賀状作り、けん玉大会(動画付!)、画面から生徒さんたちが飛び出してきそうでした。
学校の守衛さん、アパートの皆さん、生地屋のおかみさん、そんな人たちとのやりとりが生き生きと目の前に現れてきます。
落っこちてきたマンゴーの話に、思わず手を出して拾いたくなりました。
これらのシーンが、手を大きく差し伸べ、軽やかに飛び上がらんばかりのステップで話される様。
思わずこう口にしてしまいました。
「インドネシアの蝶が渋谷に舞い降りてきた!」


そんな私の様子を、お隣のニックパーパチカは、「どうだ。来てよかっただろう!」という顔で満足そうに見ていました。
パーパチカ、駄々をこねてごめんなさい。心の中でつぶやきました。


(ニック&アーニャ)

ヤミ残業は会社を根本から腐らせる。

ヤミ残業は会社を根本から腐らせます。
経営の基礎数字をごまかす風土を生むからです。
「事実を数字で正確にとらえる」のはビジネスの基本です。
ヤミ残業は「経営者に現場の実情を正確に伝える」という当然の心構えを蝕みます。


電通の女性社員の過労自殺を契機に、違法な長時間労働にスポットが当たっています。
注意すべきは残業時間を過少申告する、いわゆるヤミ残業が我国に横行していることです。
ヤミ残業の何が問題なのか、経営者、管理職、あるいは若手社員まで含めて、本当に理解しているのでしょうか。
事実を正確に把握し、正確に伝達するのはビジネスの基本です。
残業時間を正確に記録するのは、職場の人員配置・仕事の効率等を適正に把握するのに必須の経営情報です。
ヤミ残業は経営判断を誤らせます。そして、ヤミ残業を許す風土は、会社の中で事実を正確に報道しない、その様な風土を生んでいくのです。
注意すべきなのは、中間管理職なりあるいは担当者自身が、残業時間を過少申告することが会社への忠誠心の表れ、といったとんでもない誤解をしていることが見受けられることです。
これは自らが効率よく仕事をしていると見せかけ、経営者の経営判断を誤らせるものです。
そして、ヤミ残業(残業時間の過少申告)の蔓延は、経営者に真実を語らない、あるいは真実を語らなくても良い、という行動パターン・意識を生みます。経営者に必要な情報が上がらなくなっていきます。


ヤミ残業は管理手法を整えるだけでは根絶は難しいものです。社員一人一人の意識にかかっています。そのためにも経営者は、ヤミ残業の危険をはっきり認識し、ヤミ残業を絶対に許さないという明確なメッセージを繰り返し語るべきです。
「ヤミ残業は許さない。ヤミ残業をする者、残業時間を正確に申告しない者は会社を裏切るものである。」そこまで言い切ってください。ヤミ残業を部下に求めるような中間管理職がいたら、直ちに中間管理職の職から外してください。それぐらい重大な問題なのです。
ヤミ残業を許す風土は、会社を根底から蝕みます。やがては不正の温床にすらなりかねないです。


銅鑼猫

1本のメールが病の回復を早めた。

昨年、会社を定年退職する直前に、急に体調を崩して入院してしまいました。
退職の為の引き継ぎが一段落して疲れが出たようです。
ある程度元気が回復してパソコンを開いたところ、大学時代の恩師からのメールが入っていました。
「君の勤務先の銀行の系列のカード会社の対応のまずさで、大変難儀した。
何とかならないものだろうか」という趣旨でした。


私は「ご返事が遅くなって申しわけありません」と、入院していることをお伝えし、「何とか手を打つ。」と申し上げました。


先生からご返事が来ました。
「ご入院中の大変な時期に、誠に申し訳ありませんでした。ご快復を遅らせる結果になっていなければ幸いです。」


私は早速返信しました。次のようなメールです。
「『ご快復を遅らせる結果になっていなければ幸いです。』
これは全く逆です。
昨日先生にメールを打ちつつ、猛然と勇気が湧いてまいりました。
会社に改善を促す好機と考えております。
顧客相談苦情を適切に管理対応して、会社の風土改善を促していく。私が長く担当してきたミッションです。
メールで担当者に連絡するなりして何とかします。」


不思議なことにたちまち病が癒えて、予想外に早く退院し、すぐに担当者と打合せて手を打ちました。


私の病の回復を早めたのは、恩師からの一本のメールです。
自分にはやるべきことがある。その気持ちが病を吹き飛ばしたのです。


「いつも主にあって喜びなさい。
もう一度言います。喜びなさい。」(新約聖書ピリピ人への手紙」第4章第4節)


虎猫