toranekodoranekoのブログ

クリスチャンブロガーが綴るブログです。
明るい高齢化社会、病から得た様々な宝、世の中の動きへの警鐘(銅鑼)を鳴らすこともあります。
ときどき大阪弁も出てくる聖書物語もお楽しみに。
主催者のほか様々な協力者も登場します。

明るい高齢化社会「病院ボランティア」

「虎、病院行くぞ!さっさと支度しろ!」
松ばあさんの割れ鐘のような声
嫁の吉江さんも孫の美樹もくすくす笑っている。
「早く行ってあげてください。」と吉江さん。
「おじいちゃん、いつものおにぎり、今日は私が作ったのよ。」と美樹。
仕方ない。パソコンなどが入ったキャリーバック、美樹が作ってくれた弁当を手に、松ばあさんと一緒に愛車カローラで病院へ。


「今日はいったい何の用だ?」と松に聞いてみた。
「入院した人が何だか難しい病気で、病院の先生から『東京都から医療費の助成金が出る。』と言われた。虎よ、お前さんも元銀行員だ、役所の手続きなど朝飯前だろう。調べてあげな!」とぶっきらぼうな声。


患者さんの名前は中山さん。60歳近い男性で、個室で不安げにされていた。
看護師さんが「中山さん、今お話していたボランティアの方ですよ。」と紹介してくださった。
「お世話になります。中山と申します。
今朝がた、病院に伺ったところ、すぐ入院してください、ということで・・。
妻たちが今、実家に戻っていて私一人なのです。病院の手続きも身の回りのことも、どうしようか、と思っていたら、看護師さんが『病院ボランティアさん』をお願いすればよいと教えていただいたのです。」
ここからは松ばあさんの独壇場だ。
「中山さん。どうかご心配なく、手続きとか身の回りの問題はこの松がいたします。あと、中山さんのご病気について、東京都から治療費が出るとのことでしたね。」
「そうです。先生から伺いました。でもどういう手続きをすればよいのか・・。」
「ご心配なく、その道の専門家の山上虎之助という者を連れてきています。」
その道の専門家にされてしまった。やむを得ない。
「山上です。はじめまして。先生からどんなお話があったのでしょうか。」
中山さんは、医師から説明を受けた書類を取り出しながら説明を続ける。
「私の病気は『チャーグ・ストラウス症候群』という珍しい病気だそうです。東京都から医療費の助成が出るそうで」
私はメモを取りながら尋ねた。
「調べてみましょう。また東京都に問い合わせたりしますが、その際に中山さんのお名前やご住所などを伝えても差し支えありませんか?」
「もちろん構いません。あさってには妻も戻ってきます。必要な手続きはさせます。」
すると松ばあさんが書類を取り出す。
「病院ボランティアの契約書です。私たちが患者さんのために必要なことをお手伝いする。ご本人に代わってお役所や外部第三者と連絡を取る。患者さんの個人情報は守りますし、入院関係で必要な限りでしか情報は利用しません。そんな趣旨です。私と山上が署名します。中山さんもご署名ください。この取り扱いを了承する、ということになります。」


松ばあさんが身の回りの手続きなどをしている間に、私は談話室を借りてパソコンを開き、キーワード「チャーグ・ストラウス症候群」を入力した。
厚生労働省の「難病情報センター」にヒット。
白血球の一種の「好酸球」が急増、細い血管に血管障害(血管炎)を生じる。外部からの悪者の侵入でなく、体内のテロリストが暴れるのだ。筋がよくない。治療も難しそうだ。
全国で年間発症者が100例程度の珍しい病気らしい。ステロイド剤(副腎皮質ホルモン)の治療で概ね完治するが、脳や心臓などに重い障害を生じたり、麻痺などの後遺症もある。発症した人のブログでは、手足のまひに長く苦しんだ人もいるようだ。
国からの補助金は出ないが、東京都のホームページを見ると、都は独自に東京都難病医療費等助成制度を設けている。申請先や、必要書類なども案内されている。
早速、中山さんの住所地の○○区保健センターに電話してみた。「窓口に来ていただければ必要書類をお渡しします。」という。奥様に取りに行っていただく方がよいだろう。
申請に必要な書類は、住民票、健康保険証の写し、課税状況の証明などだ。手続きが進められるよう一覧化した。また、厚生労働省サイトの病気の説明、患者さんのブログなど参考記事も添えて、プリントアウトした。
まず中山さんにお見せしよう。奥様にも送信できるよう、メールの下書きも作成した。ここまで所要時間20分、まずまずといったところか。


病室に戻ると、松ばあさんが入院手続書類を整えて中山さんに署名いただいている。身の回り品(お箸、コップなど)も整えられ、中山さんはレンタルのパジャマに着替えてさっぱりした様子だ。
私は中山さんに声をかけた。
「中山さん、レンタルパジャマですね。私も入院時に重宝しましたよ。一日420円でタオルも込み、あとパンツだけあればすごせますものね。」
「虎よ、それはいいけど、病気の医療費補助はどうなった?」と松ばあさんの声
「はい、このとおり。」
私は、中山さんと松ばあさんに、作成したばかりの難病医療費助成の手続き一覧と病気の参考資料のプリントを手渡した。
中山さんはびっくりした。
「こんな短い時間で、こんな分かり易い案内を・・」
「中山さん、言ったでしょう!虎、もとい、この山上はこの方面の専門家ですよ。」
私も言葉を継ぐ。
「奥様が明後日に戻られるなら、保健センターで申請の書類を取ってきていただくのがいいと思います。そこでセンターの方のご説明を聞いていただきましょう。不明なことは私がサポートします。奥様にメールなどで連絡されるなら、資料一式もお送りできますよ。」
中山さんの携帯に資料一式を送付し、中山さんから奥さんに連絡されることとなった。


食堂で松ばあさんと弁当を広げた。孫の美樹が作ってくれた五目ごはんのおにぎり。ばあさんの大好物で、病院ボランティアのときは、嫁の吉江さんか孫の美樹が二人分作ってくれる。ばあさんは大口開けてうまそうにかじりついている。
「どうだ、虎、楽しかったか?また、来るか?」
うなずくしかない。
「患者さんの身の回りの世話をするボランティアは、ちょっと気のまわる人ならすぐできるだろう。特に女性はこんなことはお手の物だよ。
でも、今日みたいに、患者の固有ニーズに柔軟に対応できるのは、虎のような社会経験のある人間のほうが適しているんだ。」
これもまたうなずくしかない。
定年後の時間の使い方としては、結構いいものだ。社会のお役にたっていると実感できる。
自分自身が数か月前に胸膜炎という病気で緊急入院した。一人で留守番しているとき、胸の急な痛みで呼吸も困難になった。松ばあさんが見つけてくれて、タクシーで病院に運び込まれ、一命を取り留めた。そのときに、ばあさんから病院ボランティアの話を聞き、一も二もなく承諾したのだった。
あの心細い思いを知っているからこそ、人の不安や痛みを感ずることができる。こんなふうにして松ばあさんは、一人一人ボランティアの輪を広げて行っている。
中山さんも、全快したらボランティアの輪に加わっていただけるかもしれない。
「松ばあさんよ。あさって中山さんの奥様が病院に来られる時分に、もう一回病院に行ってみるよ。東京都への申請は、しっかりサポートしてあげる。自分の経験から健康保険の手続きなどもお話してみよう。お役にたつかもしれない。」
「ああ、それがいい。そうしてあげな。困ったときはお互い様だ。」


「あなたがたは、あらゆる点で豊かになって、惜しみなく与えるようになり、それが私たちを通して、神への感謝を生み出すのです。」(新約聖書「コリント人への手紙第一」9章11節)


虎猫


このブログは2013年10月に東京カベナント教会のブログ「重荷をおろして」に掲載したものです。チャーグストラウス症候群と診断され緊急入院し、2か月の入院生活、さらに2か月の自宅療養ののち、ようやく職場復帰しました。職場復帰直後に書いたものです。今生かされている私自身の務めを思い起こすべく、投稿いたしました。
なお、チャーグストラウス症候群は今は別の呼び名になっていますが、なじめないので、私の親しんだ名称のままにしています。



ナザレのイエスは神の子か

T兄
阿倍野 美玖でございます。
いつも聖歌隊のご奉仕ありがとうございます。教会にはなかなか出席できませんが、いつもインターネットで拝聴させていただいております。


先日は私の米国出張に当たり、機中で読むにふさわしい本にお伺いしたところ、早速にリー・ストロベル著「ナザレのイエスは神の子か? 『キリスト』を調べたジャーナリストの記録」をご推薦いただきありがとうございました。
米国に向かう機中では、さすがに会議の準備に追われ、読むことはできませんでした。
どうにか会議を終え、帰りの機中では疲労困憊しておりました。でも、この本をふと手に取ってみると、あまりの面白さに、夢中で読み終えました。
いま、機中でこのお手紙を書いております。


副題が「『キリスト』を調べたジャーナリストの記録」とあります。
このアメリカの敏腕ジャーナリストの調査記録には、知的な興奮を呼び起こされました。
無神論者であったストロベルさんがついにクリスチャンになるまでの、2年間にわたる調査やインタビューなどが克明かつ実に分かり易く書かれています。


まず本書第1部「記録を調べる」
たとえば、当時の福音書の記録の目撃証言が信頼できるかどうかを、現代の刑事事件の目撃証言の真偽判定の方法論等とも比較しつつ、哲学、神学、考古学の専門家へのインタビューで裏を取っていきます(第2部、第3部では心理学や医学の専門家も登場します)。
他の歴史的な事件と比べて圧倒的な量の写本などの存在(新約聖書のギリシャ語写本は5千冊を数える。その次に写本が多いのはホメロス「イリアッド(イリアス)」で600冊、タキトゥス『年代記』に至っては分冊のうちの一部しか残っていない)。新約聖書については、実際の事件からほとんどほとんど日数もたたないホットなうちに伝えられていったことなども立証されていきます。
目撃証言は、初めは口頭で伝承(口承)されていったものが後日に文字で記録されたものです。では当初の口承は「伝言ゲーム」のように信憑性に乏しいと疑いたくなります。
ところが、当時の口承はAさんがBさんに伝え、さらにCさんに伝えると、今度はCさんがAさんに対して自分に伝えられた内容を大声で話して、正確に伝わっているかどうかの確認を求めるのです。CさんはAさんの確認が得られてはじめて、次のDさんに伝えることが許されるのです(本書70頁より要約)。


T兄、申し訳ありません。
ここまで申し上げたのは、本書第1部「記録を調べる」の中で印象に残った中のごく一部にすぎません。ついつい夢中になってしまいました。こんな調子でお手紙を書いていたら、東京まで一睡もできそうにありません。
あと、2,3のことだけ書かせていただきます。


ルイス・ラピディス牧師は、ユダヤ人ですが、イエス様を信じ牧師となった方です。
この方の信仰の軌跡は、この本の中でも特に感動的なものでした。
このように語られています(本書308頁)。
「ですから、イエスを疑う人にこう言いたいのですよ。
私の言葉を信じなくてよい。その代り、ラビの言葉も鵜呑みにしないで、自分自身で調べてほしいと。今日の社会では、『それを調べるための情報がない』と答える人はいませんから。少し周りを見渡せば、参考になる本はごまんとあります。」


知的な誠実さと勤勉さがいかに大切なものか、あらためて考えさせられました。


ついにストロベルさんは洗礼を受けます。その時のことを次のように書いておられます(本書443頁)
「稲妻が光らなければ、天から声が聞こえたわけでもなかった。しびれるような感じも、ゾクゾクするような感じもなかった。こんなときに感情のほとばしりを感じる人もいるのだろうが、私が感じたのは理性のほとばしりだった。しかしそれは感情と同じように、私のすべてを興奮させていた。」
こうしてストロベルさんは、変えられていきます。周りの人にこそ、この様は明らかになるのです。本書444頁、ストロベルさんの5歳のお嬢さんの言葉です。
「ママ、神様がパパにしたことをアイリーンにもしてほしいよ!」


もう一言、是非申し上げたいのは、訳者峯岸麻子(みねぎしまこ)様の洗練された訳文です。上述の箇所からもお分かり頂けると思います。
とても平易です。中学生でも少し読書好きな子なら十分読みこなせるでしょう。そのうえユーモアのセンスも湛えつつ、深い意味が心にも頭にも響いてきます。翻訳書で日本語をこれだけ堪能できたのは久しぶりです。


米国から東京への機中、この本を読んで私も変えられました。
東京に戻ったら感動をT兄と分かち合い、兄弟姉妹にお勧めしようと考えております。
そしてなによりも、キリスト教への、イエス様への懐疑の気持ちを持っている方々にこそ、一読をお勧めして参りたいと存じます。


気候不順な折、皆々様にはなにとぞご自愛くださいますよう。
取り急ぎお礼かたがた一筆差し上げました。


「わが子よ、聞き従って知恵を得よ。あなたの心が道をまっすぐに進むようにせよ」
(旧約聖書箴言第23章第19節 新共同訳)


ナザレのイエスは神の子か?―「キリスト」を調べたジャーナリストの記録 (Studies in Baptist History and Thought)
ナザレのイエスは神の子か?―「キリスト」を調べたジャーナリストの記録 (Studies in Baptist History and Thought)
いのちのことば社


このブログは2013年7月に東京カベナント教会のブログ「重荷をおろして」に掲載したものです。受難節にふさわしい記事として掲載いたしました。


生かされている者の務め

Nさん お手紙有難うございます。
最近の様々な出来事で意気消沈していると伺いました。これからどうしていけばよいのか、と悩んでおられるのですね。


私のささやかな体験をお話しします。
2010年10月末。私は60歳で銀行の定年を迎えましたが、再雇用制度で65歳まで勤務できることになりました。その記念に何かしよう、と考えて、「公認不正検査士」と言う資格試験を受験することにしました。企業の不正防止対策の専門資格です。銀行で長く法務・コンプライアンスを担当していた者として、役に立ちそうだな、箔がつくかもしれないな、と言う軽い気持ちでした。
12月に入会金・教材費・試験の受験料など纏めて大枚○万円を振り込むと、数日後にドカンと教材・問題集など一式が送られてきて、4月の受験に向けて勇躍勉強を開始しました。
しかし、不正対策の重要4分野(会計、法律、不正調査、犯罪学)を網羅する高度な資格です。1月、2月と日が経つにつれて、だんだん絶望的な気持ちに襲われました。
「これは大変な試験だ、とても一発で合格は難しい。試験は春・秋と行われるのだから、春に二科目、秋に二科目と分けて受験しようか、それともいっそ諦めようか、60歳を越した人間が何も無理することもない・・。」
そうこうしているうちに、あの3月11日を迎えました。2011年の3月11日です。
地震、津波、原発事故・・・。
その惨状を見ながら、何か吹っ切れたような気持になりました。「多くの命がひとときに失われ、多くの人が避難生活を送っている、その中で命を落とした人もいる。生きることを許された自分がすべきことは何か。」そんなことを漠然と考えたのでしょう。
私の出した結論はこうです。
「健康に恵まれ、自分にふさわしい仕事に恵まれ、さらに仕事のスキルを伸ばすチャンスを与えられた者が、何をためらうことがあるか。」「自分にできることに全力を尽くすべきだ。」
それから1か月間猛勉強して、一発で4科目すべて合格しました
今考えても、どうしてあれだけ迷いもためらいもなく、猛勉強ができたのか、どこからそんな力がわいたのか、不思議でなりません。合格点にほど遠かった問題集を食らいつくように繰り返し、少しずつ目標に近づいていく日々は、苦しみよりも達成の喜びに満ちていました。
そして2日間にわたる受験は、ジャンプもステップも楽々とこなすスケート選手のような喜びの内に終わったのです。


Nさん、あなたは健康です。五体満足です。いったいそれ以上何を求めるのですか。
いま、あなたが生かされていることへの喜びと感謝を忘れないでください。
あなたに与えられた使命に全力を尽くしなさい。迷うことはありません。
Nさんのご健勝とご活躍をお祈りしています。


銅鑼猫


【参考】公認不正検査士
この資格はもともと、アメリカの公認会計士や警察・検察など捜査関係者が、お互いのノウハウを出し合えば、企業の不正防止対策に役立つのではないかと検討して作られたものです。米国では26000人もの公認不正検査士が活動し、さまざまな活動実績が挙げられています。我国の資格者はまだ800名程度で、それほど知られてはおらず、メジャーな資格とは言えませんが、これからだんだん知られていくでしょう。私自身も、会社の業務の様々な場面で学んだことが生かされてきたこと、そして、定年退職後の新しい活動の場でも生かされていくのを日々実感しています。


このブログは2015年1月に東京カベナント教会のブログ「重荷をおろして」に掲載したものです。6度目の3月11日を迎え、今一度皆様に読んでいただきたく投稿いたしました。ちょっと手を止めて読んでみてください。


お見舞いの心得「実践編」

Sさん、以前に投稿した「お見舞いの心得」をお読みいただき、有難うございました。
いただいたご質問について、Q&A形式で虎猫の考えを纏めてみました。
なお、これ以外でも何かお気づきのことがあればぜひお寄せください。
私のわかる範囲でお答えして参ります。


1.お見舞いの電話はやめよう


Q. 家族が入院したばかりのときについて、「いつお見舞いに行けるか?」「退院の目処?」とか毎日電話がかかってくるのには驚きました。本当に困りました。


A.家族が入院したてのときに、電話で「お見舞い」がどうの、いわんや「退院目途」など尋ねられると、「こっちこそ知りたいよ!!」と言いたくなります。
何よりもご家族が入院されたなら、電話はまずは慎むべきです。
ご家族が入院したてのとき、電話がかかってきたら、「病院からの緊急の電話ではないか」とびっくりしてしまいます。そんな時にとりあえずお見舞いの電話をかけるなど無神経の極みです。電話は相手の私生活に踏み込む行動です。相手の方が神経を高ぶらせている状況の時にはやめるべきです。
本当に心配なら、簡単なお手紙などあるいはメールなどでご都合を伺うことでしょう。
自分がその身になれば、我国の「お見舞いファースト?!」といった慣行のおぞましさがよくわかります。


2.お見舞いの品は相手の状況により異なる


Q. お見舞いにお菓子やお花はダメとしてマンガの本などはいかがでしょうか?
子供の頃、足の手術をした友人をクラスの皆でお見舞いした際、彼女の枕元に赤塚不二夫の「天才バカボン」が置いてあったのが強く印象に残っています。


A.お見舞いの品の適否は、入院されている方の好みの問題・状況の問題があり、一概に基準を定められるものではないと思います。お菓子もOKのときはもちろんあります。
私なら「何かお見舞いの品のご希望はありませんか。お菓子かご本でもお持ちしましょうか。例えば○○はいかがですか?いまお見舞いに伺うのに差し支えがあるなら、託送ででもお送りしたいと思っておりますが、いかがですか。」といったお手紙やメールを状況に応じてご本人あるいはご家族に差し上げてからにします。ともかく、相手の意向を確かめて、その後希望に沿って行動すべきです。
「どうかお気づかいなく」といわれたら、それ以上は行動しないことです。
状況次第では、お見舞いをいただくと、「お返しはどうすればよいのか」など心労の種にすらなりかねないのです。


ご希望を伺うときには、本人がお元気なら本人に、そうでなければご家族に。
相手の方をたとえよく知っておられても、入院のさいの状況は様々です。
食事制限がなくて、栄養をしっかりつけなさい、とお医者さんに言われている方なら、でっかいケーキがふさわしいこともあるでしょう。一方で病院食以外厳禁の方もいらっしゃいます。
本についても、漫画大好きな方もおれば、入院して時間があるから長編小説に取り組もう、とか、そういえば新聞に載っていたあの本がほしいな、とか。
ところが、普段は本が大好きだが、薬の副作用で目が疲れて困っている、本は読めないから音楽が聞きたい、プレイヤーを買ってきてくれ、などもあり得るでしょう。
(目はデリケートな器官です。症状によりあるいは副作用により、目が辛いことはよくあります。)


この頃便利になったと思うのが、アマゾンなどの通販です。
私は入院したときにパソコンを息子に持ってきてもらったのですが、どうしても小型プリンターがほしくなり、金曜日の夜にアマゾンで注文しました。土曜日の朝、枕元に宅配便のお兄さんがプリンターを持ってこられたときの感激!
(アマゾンなら、贈り物として指定の届け先に届けてくれます。まさに枕元にお届けできます。)


虎猫



証「日本経済新聞への投稿に寄せて」

 1月30日の日経新聞朝刊への投稿「ヤミ残業は不正の温床になる。」について、昨日2月26日(日)に東京カベナント教会の礼拝の場で、皆様に証(あかし)としてご報告いたしました。以下がその内容です。


 おはようございます。
壮年会の玉上です。
1月30日の日本経済新聞に私の投稿「ヤミ残業は不正の温床になる。」が掲載されました。
お手元に記事の内容を差し上げています。
(*内容は本ブログにも掲載しています
「日経新聞への掲載『ヤミ残業は不正の温床になる。』を参照ください)


 これについて主の不思議な導きがあったことを証させていただきます。
電通の若い女性社員が過労自殺を遂げた痛ましい事件がありました。私の日経新聞への投稿はこの事件を機に、「ヤミ残業いわゆるサービス残業の問題」と「ハラスメントの問題」について、経営者へのメッセージという形で投稿したものです。
 投稿の内容を簡単に申し上げ、その後でこれに至る主の導きについてお話いたします。
ヤミ残業・サービス残業は我国で横行しているようです。会社への忠誠心の表れといった、とんでもない誤解もあるようです。しかし、ヤミ残業は時間外勤務の実態という経営の基礎数字をごまかすものです。営業成績をごまかすのと同じです。このようなごまかしが横行すればいずれは不正・不祥事の温床にすらなりかねません。また、ハラスメントの問題は、法律上のこまごました議論を別として、要するに社員を罵り(ののしり)あざけり、あるいは陰口を叩く、即ち社員相互の信頼と尊重をむしばむ行動なのです。
やがては社会を、お客様をあざけり金もうけの道具としか考えなくなる。そんな風土をさえ産みかねません。


 皆様いかがでしょうか。この投稿の中で、私はごく当たり前のことを申し上げたに過ぎないと思っています。
 この投稿に至った主の導きについて申し上げます。
 私は一昨年、2015年10月に三井住友信託銀行という銀行を65歳定年退職いたしました。在職中に幾度か重い病で入院し、退職直前の10月にも緊急入院して辛うじて命を永らえました。このような状態では退職後にまた、新しい職場について勤めることはできないと考え、以前から持っていた社会保険労務士、公認不正検査士(これは、企業の不祥事件や不正の対応の専門資格です)などに関する勉強を進めながら、自分のこれからの道を考えて行こうと思いました。在職中にはコンプライアンス、企業倫理、不祥事・不正防止対策等に取り組んだものの、様々なやり残しを感じており、この問題を自分なりに極めることができないかと考えてまいりました。
 ちょうど1年前の2月に日本公認不正検査士協会に自分なりの教材の企画を持ち込み、賛同いただきました。数多くのセミナー・研修などに出席し、講師の先生がたに積極的に問いかけたり、お礼のメールを差し上げたりしているうちに、人脈も広がって様々な知見も身について参りました。
 昨年の暮れにようやく教材「不祥事・不正は他人事ではない。」を完成させました。パワーポイントで100枚以上、100分程の講義の録画も加えたもので、近々、発行いただける予定です。そのような中であの電通の事件を知り、自分なりにこれまでの知見を生かして世に問うことができないか考え、日経新聞に投稿したものです。
 日経新聞をお読みの方はお分りと思いますが、私が投稿した「私見卓見」という欄は立派な肩書きの方の投稿が掲載されており、とてもハードルが高いものです。別に載らなくても良い、自分の考えをまとめる一つの機会だ、くらいの気持ちで割り切って1月の初めに投稿しました。ほどなく「掲載が決まりました」という連絡をいただいたのです。
皆さんどうお考えでしょうか。
 もし、私が健康に恵まれておれば、65歳を過ぎてもどこか勤めようと思えば勤めることはできたはずです。社会保険労務士の資格を生かして事務所を開いてバリバリ仕事することもできたかもしれません。
自分の病のためにそういった道は閉ざされました。
 今思うに、先程の教材の完成、これを用いた今回の日経新聞への投稿、これらは、病を得たが故の大きな成果でした。
ひょっとすると主は、敢えて私の道を狭め、私なりに世に役立つための狭き門と険しい道を整えてくださったのではないか。今はそのように考えております。


 私たちは、一人一人自分にいただいた賜物を用いて未来を切り開いていく責任が課されています。賜物は別々です。果たすべき責任も様々です。語ること、書くことの賜物をいただいた私は、語ること、書くことができない方々に代わって、語り続け書き続けるという責任を負っているのだと思います。人としてどう生きるか、主に示された道に従い、当たり前のことを当たり前として世に示していく責任です。
人と同じようにできないことを悩んだり不平を言う必要はありません。自分なりのことを感謝して躊躇わずに行うだけです。
ルカの福音書第9章23節にこう書かれています。
「だれでも私について来たいと思うなら自分を捨てて日々自分の十字架を負い、そして私について来なさい。」
今は自分にいただいた十字架が何であったかを知ることができた。そのように感謝するばかりです。


銅鑼猫