toranekodoranekoのブログ

クリスチャンブロガーが綴るブログです。
明るい高齢化社会、病から得た様々な宝、世の中の動きへの警鐘(銅鑼)を鳴らすこともあります。
ときどき大阪弁も出てくる聖書物語もお楽しみに。
主催者のほか様々な協力者も登場します。

それでも、日本人は「戦争」を選んだ(再掲)

 東京大学の現代史の先生が歴史研究会の高校生を対象に5日間にわたった講義を本にされたものです。ぜひ多くの方に読んでいただきたいと思います。
この国の過去を振り返り、未来を考えるうえで、貴重な示唆があると思います。


 一言だけ、この本で大変気になる箇所がありました。
「日本軍ほど自国の軍人を大切にしない軍隊はなかった。」という箇所です。
食料の補給も考えずに兵士を戦線に送り、戦死者よりも餓死者のほうがはるかに多かったところが多数ある。
このような日本軍の体質は、国民の生活にも及んでいた。敗戦間近の国民の摂取カロリーは戦前の6割にまで落ちていたとされます。
ドイツはどうか。国内が徹底的に破壊されていたのに、国民への食糧配給は絶対に減らさないように農業生産に注力し、敗戦前のエネルギー消費量は戦前を上回っていたそうです。


 これは、戦時中だけの問題ではありません。あの震災・津波・原子力発電所の事故の後のこの国の指導者たちにもしばしばみられる問題と思われます。
例えば消防、自衛隊、原発の作業員など最前線の人々が、また被災した人々が懸命に災害に向き合っているときに、必要な支援をどこまで真剣に考えてきたでしょうか。安っぽい精神論を持ち出してその場を糊塗してはいなかったでしょうか。


 勇士たちをないがしろにする国家は滅びます。国民を大事にしない指導者はその地位を追われます。この国の中枢にある人々は肝に銘ずるべきであり、私たちひとりひとりが心すべきと思います。


加藤陽子 それでも、日本人は「戦争」を選んだ(2009年7月 朝日出版社)




知恵のある者の叱責を聞くのは、愚かな者の歌を聞くのにまさる。
(旧約聖書「伝道者の書」第7章第5節:新改訳2017版)


【注】
2011年9月に東京カベナント教会ブログ「重荷をおろして」に投稿し、昨年7月にも本ブログに投稿していた記事です。
終戦記念日が近づくいま、改めて投稿いたしました。

広島とグラウンド・ゼロ(再掲)

私がはじめて広島平和記念公園を訪れたのは、もう30年ほども前でしょうか。
そこには、こんな碑がありました。
「安らかに眠ってください。
過ちは繰り返しませぬから」


かつて、この碑文をめぐって「主語がない。誰が過ちを犯したのか、誰が誤っているのかをはっきりさせるべきだ。」という議論があったのを思い出しました。


 はじめてこの碑の前に立ったときに、なぜ主語がないのか、はっきりとわかりました。
この碑の前に立つ一人一人が、自ら「過ちは繰り返しません。」と誓わなければならない、だから主語が書かれていないのです。


 私が30年前のこのことを思い出したのは、堤未果さんの「グラウンド・ゼロがくれた希望」(扶桑社文庫版 以下「本書」といいます)という本を読んだからです。
アメリカに憧れて留学し、国連、アムネスティインターナショナルを経て米国野村證券に勤務中に、堤さんはあの9.11テロに遭遇します。勤務先のビルはあの世界貿易センタービルの隣でした。
9.11の後、アメリカには二つの現象が現れました。
「惨事の後、人々は我先にと献血車の前に列をなし、危険も顧みずに救出隊に加わった。・・人種・宗教・肌の色に関係なく、一人の人間であるというだけで平等に誇りを持って幸福に生きられるという夢。ニューヨーカーを一つにしたものは、まさにこのアメリカン・スピリットだった。・・人間が太古から繰り返してきた過ちに終止符を打つものの存在もここに隠されているように思う。」(本書184~185頁より。「私の視点」/朝日新聞2001年9月27日に堤さんが寄稿されたものです)
一方では、町中に星条旗があふれ、家々の窓から「偉大なるアメリカ」のテーマが大音量で流れ、大統領がこぶしを振り上げて「正義は必ず悪を叩き潰す」と演説し、あの戦争へと突き進んでいったのもアメリカです。


 堤さんは帰国します。来日した平和活動家の通訳をする機会に恵まれます。米国の退役軍人の平和活動家が来日し、酒田市で講演するのを通訳します。
その退役軍人は講演の途中で急に椅子から立ち上がり「僕には一つ夢がありました。」と突然話し始めます。
「いつか日本に行く機会があったらどうしてもあることを伝えたかったのです。・・
アメリカ人として、そしてかつて軍人だった人間として言います。僕の国の軍隊が、あなた方の国に原子爆弾を落としたことを、どうか許してください。」
聴衆の中のひとりの年老いた男性が手を上げ、マイクを渡されると静かに話し始めます。
「わしは若い頃に戦争を体験したものですが、アメリカの人に謝られたのは初めてです。胸がいっぱいで、なんて言っていいかわかりませんです。ただ、今日まで長生きして本当によかった。わしは・・・」
そこまで言って声を震わせると、彼はうつむいてしまいます。会場のあちこちからすすり泣きが聞こえだしました。(本書204~205頁より)


あの広島の碑文に、本書で語られた9.11グラウンド・ゼロの後に、そしていま、3.11の後の日本に、多くの希望を見出すことができます。


本書の中の言葉をもうひとつ紹介して、この小文を終えます。
「非人間的な力を打ち負かすものはただ一つ、より人間的になることだ。」(本書230頁)


【参考】
①広島市のホームページには上記の碑文の公式の解説が掲載されています。
原爆死没者慰霊碑には、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」と刻まれていますが、どういう意味ですか?
A(抜粋)この碑文の趣旨は、原子爆弾の犠牲者は、単に一国一民族の犠牲者ではなく、人類全体の平和のいしずえとなって祀られており、その原爆の犠牲者に対して反核の平和を誓うのは、全世界の人々でなくてはならないというものです。


堤未果さんの公式ウェブサイト
 「グラウンド・ゼロがくれた希望」などの著作も紹介されています。


「それだけではなく、苦難さえも喜んでいます。
それは苦難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。
この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。」

(新約聖書ローマ人への手紙第5章5~6節:新改訳2017版)


【注】
2012年10月に東京カベナント教会ブログ「重荷をおろして」に投稿し、昨年7月にも本ブログに投稿していた記事です。
8月6日広島、9日長崎を迎えるこの時に改めて投稿いたしました。


虎猫

「高度プロフェッショナル制度」を改めて考え直す。

 働き方改革の中で高度プロフェッショナル制度につき細部検討がされている。
シンプルに考えるべきだ。「過労死・過労自殺を起こした会社には認めない。高プロ導入後に過労死・過労自殺が発生したら、制度を廃止し過去に遡って対象者全員に割増賃金を支払う。」
 高プロが柔軟な働き方で生産性向上に役立つ、というのは可能性に過ぎない。過労死・過労自殺が発生する会社は、労使の自治に任せていては労働者の生命すら守れない、ということではないか。現実に労働者の生命が失われるのを見ながら「柔軟な働き方」など唱えるのは笑止千万だ。
 罰則つき時間外上限規制の導入は、国家として命を失うような働き方は許さない、もはや労使の自治に任せることはできない、という意味である。高プロはなおさらのこと、導入が許されるのは、労使とも高い倫理観を持ち、労働者の生命と健康を守る責任を果たせる会社に限るべきだ。
 思うに、人の生命と健康を守る厳しい規制こそがイノベーションを生む。我国の自動車産業が厳しい環境規制に真摯に取り組み世界に冠たる地位を築いたのが好例ではないか。
逆に姑息な規制逃れの道を探るものに未来はない。淘汰されるだけだと知るべきである。


【注】7月13日に朝日新聞「声」欄に投稿してみましたが、ボツになったようです。
以前からも様々申し上げてきている内容ですが、500字に纏めたもので、参考までにお届けします。


銅鑼猫

学びの力

 朝日新聞2009年8月16日朝刊4面にこんな記事がありました。
ケニアの89歳のおじいさんが胃がんでなくなりました。世界最高齢の小学生として知られる方です。幼いころから内戦の戦士として育ち、貧しさもあって学べなかった。84歳で地元の小学校に入学を果たし、「死ぬまで勉強する。」と喜んだそうです。学ぶ目的は、お金の計算ができること、聖書を読むことだったそうです。


 私たちは学ぶことで何を得るのか。
このおじいさんの言葉に学ぶ目的が尽くされています。
ひとつには、生きる力を身につけること。
もっと大切なのは、自分の小ささを知ることです。


 私たちは、「真理の大海を前にして、浜辺できれいな貝殻を見つけて喜んでいる子供のようなもの」なのです(アイザック・ニュートン)。
学ぶことは、浜辺にでることです。目の前に大きな海があることを認識し、畏敬の念をいだくことです。
 科学は「なぜか」を問う、というのは、正しくありません。科学は、「いかに」を問うこと、すなわち、現実を素直に観察することからはじまります。観察の中から、事実を貫くルールを仮説として立て、それが観察と実験を繰り返して裏付けられると「学説」となっていく。さらに、より広く、より適切に説明できる仮説が主張され、証明されると、新しい学説となっていきます。
だからこそ、偉大な科学者は、自分が浜辺にいるに過ぎないことこと、まだ見ぬ真理の大海が自分の前にあることを素直に認めるのです。


 「非科学的」という言葉を安直に使ってはなりません。自分の知っていること、説明のできること、教えられたこと以外を「見て見ぬふりをする」姿勢につながりかねません。
 カントという哲学者は、神の存在の論理的な証明は難しいと論じたそうです。
そのカントが最後に達した結論は、それでも自分の心のうちの良心の存在から、神の存在を認めざるを得ない、というものだったそうです。このような言葉を残しています
「美しきもの。夜空に輝く星。わが心の内なる道徳律」


 私が引用したニュートンの言葉は英語の読本、カントの言葉はドイツ語の読本からです。科学は「なぜ」を問う前に「いかに」からはじまるというのは、高校の物理の先生の言葉です。
 学生生徒の皆さん、君たちの教科書や読本のなかからも、先生の一言の中からも、きっと、君たちを支え導く言葉が見つかります。
日々の学びの機会があることに感謝してください。


「神を知りつつも尚これを神として認めず、感謝せず、その念いは虚しく、その愚かなる心は暗くなれり」(ローマ人への手紙第1章21節;文語訳)


【注】2009年9月東京カベナント教会ブログ「重荷をおろして」に掲載していた記事にそこし手を入れて再投稿しました。
夏休みです。学生生徒の皆さん、この夏に素敵な一言を見つけてみませんか?


虎猫

「労働安全衛生活動促進のための講習会」(東京労働局・東京都社会保険労務士会連携による講習会)

7月23日東京都社会労務士会で開催された標記講習会に出席いたしました。
これは、第13次東京労働局災害防止計画の目標の達成に向けて、東京労働局及び東京都社会保険労務士会が相互に連携を図り、第三次産業における労働安全衛生活動の促進を図るため協定を締結し、この協定に基づき実施する第1回目の研修会です。


 東京労働局労働基準部長鈴木伸宏様のご挨拶の骨子です。
 「労働災害というと製造業や建設業がイメージされるが、東京で多いのは小売業・飲食業等の第3次産業である。休業4日以上の労働災害による死傷者数の推移が年々増加傾向にある。それも、転倒、火傷、腰痛など日常ちょっとしたことで起こりうる事態が、場合によっては死亡などの重篤な事故にも結びつく。
(東京都第3次産業休業4日以上の労災死傷者数:平成29年6034件。平成20年比12%増。なお、建設業1245件、製造業639件、いずれも平成20年比減少)
(東京都の平成29年度労災死亡事故66人:製造業は0人)。
 大切なことは事業主に労災防止のための意識づけを図ること。社会保険労務士は、顧問先と関係が深く、事業主への意識づけに果たす役割が大きい。」


東京労働局労働基準部安全課地方産業安全専門官 横山高志様から、詳細な説明がありました。特に印象的な点をピックアップして申し上げます(順不同です)。


①東京都の典型的な労働災害事例
 転倒:階段踏み外し、滑り、マットの弛みに足を取られる。高所に手を伸ばし転倒等。
 転落:脚立からの落下等。
  いずれも死亡事故に繋がったケースあり。
 切れ・擦れ(包丁スライサーなど)、火傷等:10代20代パートアルバイトに多い。


②就業まもない者による事故が多発
 雇い入れ時などの安全教育の徹底が必要。


③「本人の不注意」とされてしまうことが多い。
 これでは事故は防げない。次につながらない。


④労災発生時の間接コストは直接コストの4倍。思いもかけない損失に繋がる。
 直接コストとして、本人への休業補償、治療費、障害遺族補償等を想起するが、
実際には間接コストとして、慰謝料、負傷した本人の損失時間・費用、他の労働者・監督者の損失時間・費用、物品の損害、納期遅れ、本人の労働能力低下、モラル低下など広範な損失が発生することになる。


⑤対策
「ヒューマンエラーだ。仕方がない。」と諦めてはいけない。例えば、「指差し呼称」の実施でヒューマンエラーが6分の1に低下した、といった事例がある。
厚生労働省サイトや、東京労働局の業種別リーフレット等もぜひ活用して欲しい。
すべての業種を尽くしてるわけではないが、例えば、衣料品店向けのリーフレットが汎用的に使えると思う。
また、リスクアセスメントについて詳しく解説しているので、ぜひ一度取り組んでいただきたい。


(参考サイト)
【厚生労働省】
厚生労働省職場の安全サイト
 『見える!』安全活動コンクール


【東京労働局】
Safe Work TOKYO 2018  ~労働災害防止のための取組を推進中です!~
 1.第三次産業の安全対策リーフレット
    ① 総合スーパー・ディスカウントストア編 
    ② 食料品店編
    ③ 衣料品店編⇒おすすめ
    ④ 住生活・家電・家具・ホームセンター・ドラッグストア編


 2.リスクアセスメントをはじめよう



【銅鑼猫の感想・意見】(7月28日21時追記)
以下は、講習の後で、講師の東京労働局横山様にお礼を兼ねてお送りしたメールからの抜粋です。
「講習の最後にご質問をさせていただきました。
 レストランの中でお子様が走り回って、熱いお料理を運ぶ店員さんと衝突して、火傷、転倒などの事故が起こり得るのではないか、と申し上げました。
お客様に起因する労働災害というのも意外にありうるのではないか、と考えたからです。
 あるいは、衣料品店等で脚立を用いて高所の商品の入れ替え等をしている時に、お客様が脚立にぶつかって転倒事故を起こす、といったことも想定されます。
 第3次産業の労働災害としては専らバックヤードでの事故が想定されます。
しかし、業種柄、お客様と直接接触する場面も多く、お客様には安全教育も注意喚起も難しいため、お客様起因の事故は案外ありうると思われます。
 小さなお子様が店内を走り回る姿は、レストランや小売店・スーパーなどでもしばしば目にします。親御さんが注意されても、なかなかお子様は言うことを聞かず、店員さんもお客様への注意喚起は難しいでしょう。事故が起こってもお客様との関係もあり、労災としての報告が十分にされていない可能性もあります。
 労災に限らず、お客様同士での衝突やけがなども十分に想定されます。高齢のお客様で足腰の弱ってる方も多く、お子様との衝突などで重篤な事故に結びつく可能性もあります(私自身は、このようなお子様を見れば、すかさず注意しています。お母様がたから感謝されることもしばしばあります)。
 一つの提案として、労働局にて、参考パンフレットとして「お店の中で走らないでください。」といったものを絵入りで作成されてはいかがでしょうか。
労働局が参考に示されたということで、お店としても掲示しやすいでしょう。
ご検討いただければ幸いです。」


銅鑼猫