「ガリラヤのイエシュー」 この豊饒な世界
「ガリラヤのイエシュー」日本語訳新約聖書四福音書(山浦玄嗣訳)
(イー・ピックス出版)
福音書を何と!・・各地の方言で翻訳、本文中に詳しい解説も書き込まれて同時に読める、画期的な聖書です。
イエス様はガリラヤの弟子たちにケセン語(気仙地方の方言)で、元気いっぱいに呼びかけます。(以下、引用個所は強調文字。章・節の番号は新改訳の該当箇所を示します)
「やい、お前達、俺について来オや!そうしたら、お前達ば人を漁(すなど)る浜人(はまど)にしてけんべア。」
その後がまた分かり易いのです。
「それを聞くや、この二人は(大喜びに喜び勇み)、すぐさま網を打ち棄てて、イエシュー様について来た。」(マタイ第4章第19節)
各地を回るうちに各地の言葉で話す人々と巡り合います。仙台弁、津軽弁、名古屋弁、長崎弁・・・
ローマの百人隊長(足軽百人組の組頭!)などローマ人は薩摩弁です。
「もし、旦那さア。我が家の下男が中気に罹つ(罹り)、家で臥せっちょい申してなア、酷く苦しんぢょい申す。」(マタイ第8章第6節)
しかも、その前後には「ユダヤ人にとり、ローマ兵は憎っくき敵・・」という講談調の分かり易い解説が示されて、状況がありありとわかるのです。
いくら丁寧な注でも、細かな文字で下の方に記されていては誰も読みません。本書では、本文と解説が一体でわかりやすく一気に読めるのです。
そして、都エルサレムの人々は都ということで京言葉で話すのです。
イエス様のエルサレム入城のために弟子たちが驢馬の子を引こうとしたときに、びっくりしたエルサレム近郊の村人の言葉
「あんなあ、その子驢馬[の綱]解いて、どないすんのやね。」
(マルコ第11章第5節)
各地の人々と話すときのイエス様は標準語ですが、ガリラヤのお弟子様との会話はやはりケセン語です。
イエス様のお姿はあくまでも明るく元気いっぱいです。豊穣な日本語の世界、新しい聖書の世界がまばゆいばかりに輝きます。
それからイエシューさまはペトロに言いなさる。
「さア、俺に付いで来オ!」
(ヨハネ第21章第19節)
【注】2013年1月に東京カベナント教会ブログ「重荷をおろして」に投稿した記事です。あのワクワク感を思い出して再投稿しました。
虎猫