ナルドの香油(ヨハネの福音書第12章より)
私はマルタ様、マリア様に長くお仕えしているばあやのアンナと申します。
あのナザレのイエス様が来られた時のことはよく覚えておりますよ。
なにしろ、ラザロ様をよみがえらせて下さった偉い先生です。
心を込めてお食事をおつくりして先生とお弟子様たちに捧げました。
マリア様はしばらく先生の足元でお話を伺っていらっしゃいました。
今だから申し上げますが、お弟子様たちのなかには、まあよく飲むわ食べるわ「お~い女中さんよ。ワインをもっとほしいな!」など、遠慮のない方もいらっしゃいましたし「お前よりおれの方が先生によくお仕えしているんだ。」などと自慢話を声高になさったりする方もいらっしゃいました。
会計の担当のお弟子さんは、食事の最中も帳簿を開いて、何かぶつぶつ言いながら、お仕事を続けていらっしゃいました。
先生はひとり静かに食事を続けておられました。
マリア様は何事かマルタ様とお話になると、席をはずされ、しばらくたつと、ナルドの香油の壺を持って戻ってこられました。
ご存知でしょうか。はるか東の国から伝えられたとても高価な香油です。
マルタ様、マリア様のお母様が家宝のように大切にされて、お亡くなりになるときにお二人に遺されたものです。
「お前たちの一番大切なときに使いなさい。」そうおっしゃっていたのを覚えています。
300デナリといいますから、そうですね、お国の一流会社の若い社員さんが一年間一生懸命働いてようやくいただけるかどうかの額とでも申しましょうか。
マリア様はイエス様に近づき、ためらいもなく壺の口を割ると、イエス様の頭に注ぎだされました。とたんに部屋中が香油のかおりでいっぱいになりました。
それからマリア様は、イエス様の足元にひざまずき、香油をイエス様の足に塗り、ご自分の髪でぬぐって差し上げたのです。
マリア様は、長い美しい髪をなさっている方で、村の若い衆の憧れにもなっている方です。
その自慢の髪を右手に束ね、左手でイエス様の足を支え、幾度も幾度もぬぐっていらっしゃいました。マリア様は泣いているようにも見えました。
お弟子様たちも、その場に居合わせた人々もみな、息をのんでこの様子を見ていました。
そのとき、あの会計係のお弟子さんが立ち上がりました。
「なんと無駄なことをするんですか。そんな高価な香油を。売れば貧しい人々に施しができるでしょう。」
幾人かのお弟子様たちも、次々と「そうだそうだ。この女は何と無駄なことをするんだ。」とマリア様を責めたてたのです。
マリア様はもうお気の毒なぐらい青ざめて立ち尽くしていらっしゃいました。
そのとき、イエス様が手でお弟子様たちを制していわれました。
「この人を責めてはならない。私のためにいまこの人ができることをしてくれたのです。
私の埋葬の用意をしてくれたのです。
あなた方にはっきり言っておきます。
福音が宣べ伝えられるところなら、この人のしたことが伝えられて、この人の記念となるでしょう。」
このイエス様の言葉の本当の意味を知ったのは、それからしばらく後のことでした。
(2011年8月7日東京カベナント教会礼拝のメッセージ
当時のキリスト者学生会(KGK)関東地区主事 田中秀亮兄*「ナルドの香油」に触発されて作成した記事です。東京カベナント教会ブログ「重荷をおろして」に掲載していたものですが、新しい聖書「新改訳2017年版」を読み進むうちにこの場面に至り、再度投稿いたしました。)(*田中先生は現在は四国高松「八栗シオン教会」牧師を務めておられます)
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